昼休みを告げるチャイムが鳴り響くと、校内はお祭りでも始まったみたいに一気に活気づき出す。

私は先程まで使用していた教科書を机の中に仕舞いながらため息をひとつ零し、いつもの指定の場所へと向かうために重い腰を上げた。
すると同時にピロピロンッという軽やかな着信音が振動と共にスカートの中でメールを受信したことを主張してくる。
なんだが嫌な予感がしてきた。

眉間に皺を寄せながらそろりと折り畳まれたケータイを開くと、
案の定、南沢先輩からお使い追加の命令文。

その文字だけを確認して無造作にポケットへとケータイを仕舞い込んだ後、もう一度ため息をひとつ落として、私は行き先の変わった目的地へと鉛のような足に葛を入れ直し歩き出した。



お昼の購買はごちゃごちゃと人で溢れ返っている。
戦場と化している人混みの中、私は横からそろそろと近づいてお目当ての商品だけを掴み、さっさとそこから退散する。あの本気の争奪戦に巻き込まれるなんて断固拒否、絶対にごめんだ。
レジまで一本道みたいに並んでいる細長い列の最後尾へ、さっさと小走りで移動をした。

いちごミルク、だなんて朝言ってくれていれば駅近くのコンビニで買ってこれていたのに。
お弁当派の私には縁のないもので在るはずの行列へと理不尽にも並ばされて、ついつい文句を言わずにはいられない。

思えばここ二週間、様々な場所へと足を運ばされた。

購買やコンビニに始まり、
学校近くによく訪れる鯛焼きの屋台、
駅ビルの中に出来た人気のドーナツチェーン店に
時には隣町との境に在る小さなケーキ屋さんに至るまで、町内地図でも広げたら端から端まで余すところなく自転車を走らせたことになるだろう。
走行距離を考えると、気が遠くなりそうであった。

大体、菓子パン菓子パンにいちごミルクって。
あの先輩はこの甘ったるい飲み物であれらの甘味を流し込むつもりなのだろうか。甘いものは好きだけれど、さすがにこればっかりは考えただけでも口の中がどろりとして気持ち悪くなりそうだった。うえ。

あの人絶対舌おかしいよ、とそこまで考えて、ふとあることに気がついてしまった。
いやでもそんな、南沢先輩に限ってまさか。お腹の底から小さく笑いが込み上げてくる。もしこれが本当ならかなり、かなりおもしろいぞこれ。

口許がついつい釣り上がってにやけてしまう、早く先輩に問い掛けて真相を知りたいところだ。
やっとのことでたどり着いた購買のおばさんに小銭を支払い、私はいつもの集合場所へと一気に駆け出した。


***


「遅い。」

腹減ったんだけど、とサッカー棟の壁にもたれ掛かりながら、不機嫌な表情を隠そうともせず文句を浴びせてくる南沢先輩に「すみません」と丁寧に謝りを入れる。
地面で胡坐をかいてけだるそうにほお杖を付きながら、あからさまにため息を零された。
理不尽で横暴なこの態度に少なからず腹は立つが、最近は段々と慣れっこになってきてしまった為そこまで気にはならない。

初めて先輩に呼び出されたサッカー棟の裏の、木々が生い茂るこの木陰の下が、私たちの毎日落ち合う場所となっている。
私がどんなに急いで駆け付けたとしても、必ず南沢先輩は先に到着していて、いつもここの壁の前でほお杖を付いていた。
「遅い。」と毎日必ず同じようにため息を零される為、これは既に挨拶の一種か合言葉か、そのような何かとなっている。

そんな南沢先輩におつかいの品の入ったビニール袋を差し出すのも、もはや毎日の習慣みたいなものだった。


「ん、サンキュ。」

ビニール袋が受け取られて空っぽになった私の手を、先輩は軽く握って離そうとしてくれない。
そのままスラックスのポケットをごそごそと探り出したかと思えば、私の手の平に五百円玉をひとつ落とした。
すると用は終わったのか、先輩の細くて長い指が離れていく。
体温が低いのか、ひんやりとした白い手は心地好くて、少し寂しいような衝動に駆られた。

小銭が落ちないようにと手を添えただけなのだろうけれど、こういう細かい仕種や気遣いをナチュラルに出来てしまうから先輩はモテるのだろうな、とぼんやり思った。

「先輩、私23円持ってないよ。」

「そんなにケチじゃねぇよ、釣りはやる。」

わあい、と少し多い差額を素直に頂くことにして財布へとお金を仕舞った。
こうして先輩はいつも、少しだけ多めにおつかいのお金をくれる。毎日の小さなお駄賃。
これが飴と鞭の飴ってやつだろうか、とも思ったが苦労の割に合ってないなと首を左右に振ってそんな甘い考えを振り払う。
人をその気にさせて自分を天使に見せるのが上手いこと上手いこと。私は騙されないぞ。
満足したのか腕を引っ込めると、さっさと先輩はお昼ご飯に手を付けはじめる。

一口ベーグルに手を付けてから、立ちっぱなしの私にちらりと目を向けて「…座れば?」と告げてきた。

「あ、はい、」と返事をしたものの、私はそのまま先輩の目の前に立ち続け、恐る恐る購買から気になっていた疑問を口にする。

「あの南沢先輩、つかぬことを伺ってもいいですか。」

「何だよ。」


「先輩、もしかしてかわいい食べ物自分で買うのが恥ずかしいから、私におつかいさせてたりします?」


絶対何か攻撃が飛んでくると思って、私は一歩後ろへ下がる。
「ふざけんなばか。」とか「んなわけねぇだろ。」とかそんな否定の言葉を鋭く浴びせられると思っていたのだが、一向に反応がない。

そろりと南沢先輩に目を向けると、いつも通りのポーカーフェイスな表情のままなのだが、頬だけが少し桃色に染まっていて「…うるせぇな。」という遠回しの肯定を返される。

驚き固まると同時に、普段に似つかわしくない可愛らしい先輩を見ているとついつい笑いが込み上げて来てしまう。押し殺そうと堪えてみるが、口許だけはどうしても釣り上がってきて笑みがじわじわと漏れ出す。

そのまま小さくにやけていると、突然右足のバランスを崩してすっころび、勢いよく地面へとダイブした。
驚いて顔を上げると、先輩の胡坐を掻いていたはずの左足がピンと真っすぐ伸びきっている。
わあ、随分とお長い脚で羨ましい限りです。

「げっ。お前スカートの下何か履けよ」

「なっ…!見たんですか?!サイテー!」

「はぁ?どっちが。」


飯食ってるときに見苦しいもん見せんな、まずくなる。と真顔でピシャリと言い切られ、結構本気で胸にキてしまった。
先ほどスイーツなんかで簡単に崩せたポーカーフェイスが、仮にもお年頃な女の子のスカートの中身ではびくともしないだなんて。

女としての自信まで消失してしまいそうになって、言葉なくうなだれていると、先輩はため息をひとつついて、ゆっくりと口を開いた。

「…ただでさえスカート短いんだから、変な奴につけられたらどうすんだよ。」

またも予想外に掛けられた気遣うような言葉に、みるみる顔が熱くなってきてしまう。
今日の南沢先輩はなんだか飴の割合が高くて、調子が狂ってしまうではないか。

「せ、セクハラっ!」

照れ隠しにそう叫ぶと、間髪入れずに勢いよく眉間へと何かが飛んできた。地味に痛い。
落ちてきたそれを広げてみると、綺麗に丸めたパンのビニールだった。

前言撤回、今日も今日とていつもの南沢先輩だった。
こんなシュガーレスな飴、あってたまるか。



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