真夏の朝は地獄である。

半袖からさらけ出された肌を焼き付けるように、太陽は容赦無く辺りを照らし出していた。
空気中の水分などとうの昔に干からびてしまったらしく、カラカラに乾いている。
アスファルトで反射した光が目に痛くて、瞼は半分ほどしか開かなかった。
そんな突き刺すような眩しさと茹だるような暑さの中、私は毎朝ペダルを漕ぎつづけている。


自宅から私の通う雷門中までは自転車で20分ほどある。
その間、ほとんど逃げ場のないこの直射日光地獄を毎日颯爽と駆け抜けていた。

最初の5分ほどは寝ぼけた頭と身体には刺激が強くて辛いけれど、道程を半分ほどすぎて雷門寄りになると現れる長い坂道には飽きることなくいつもわくわくする。
空気を切って風の中をくぐり抜けていく感覚は、爽やかで涼しくてとても心地よかった。
まるで少女マンガの主人公にでもなった気分。お気に入りのこの場所を過ぎると、自然とペダルを漕ぐ足も軽くなる。

そこから態勢を立て直し、キンキンに冷えた教室に少しでも早くたどり着くためより一層膝へと力を込めた。


勢いよく住宅街の角を曲がると、少し先の電信柱の細い影に誰かがうずくまっている。
型崩れしていない真っ白なシャツが眩しい。
シンプルなようで割と目立つ鮮やかなブルーのスラックスが目に入り、どうやら雷門の生徒らしいことがわかった。

微動だにしないその子が心配になり、お節介かな、などとも思いながら自転車を降りて小走りで近づいてみる。

「どうしたの、大丈夫?」

怖がらせないように出来るかぎり優しい声でそっと肩を揺する。
それでも驚かせてしまったようでびくり、と一度細い肩が震えて罪悪感が湧いた。
怯えるように恐る恐る顔をあげて、彼はこちらの様子を伺おうとしてくる。

ふわふわの髪から覗いた顔は少なからず見知ったもので、あ、という感嘆が口からこぼれる。
校内で知らない人は居ないであろう、学年の有名人さんだった。サッカー部の部長さん?キャプテンさん?とかだった気がする。
確かどこかの財閥御曹司とかで、凄まじい肩書きの持ち主も居たものだなぁと笑った記憶がうっすらと脳内を過ぎった。
ただ、普段使わないせいでとっさに名前を忘れてしまい、どうにも思い出せない。
なんだか名字も並々ならぬものだった気がするのだが…なんだったっけ。

そのまま頭を悩ませてみるが一向に思い出せない。
口元まで出かかっているだけに、一層もやもやとする。

顔を上げたことで彼の顔に掛かっていた影がなくなり、はっきりとパーツの作りまで認識出来るようになったところで、そんなことを考えている場合ではなくなった。

顔に影を落とすほど伸びやかな睫毛に縁取られた子犬みたいな大きな瞳は、今にも溢れてしまいそうなほどに涙が貯まっている。
顔を上げた拍子に一滴こぼれ落ち、それから止まらなくなってしまったようで次から次へと制服に染みを作っていく。

「だ、大丈夫?!具合わるいの…?」

「………、す……」

口元を押さえながら蚊の鳴くような声で何かを言われたので、聞き逃さないように耳を近づける。何度か呟いた言葉を必死で拾い繋ぎ合わせてみたら「大丈夫ですので、お構いなく」だった。あほか、うそつけ。

「あのねぇ…」と呆れて声をあげようとしたら「うっ、」と苦しそうにまた顔を引っ込めて縮こまってしまった。こぼれ落ちる大粒の涙は止まりそうもない。
優しく背中を摩ってやりながら、どうするべきかと頭を悩ませる。

中学生男子が道端でうずくまって動けない位だ、きっと相当体調が悪いとみた。
ともかく涼しい場所に移動させることが先決であると結論づける。
生憎私は彼の自宅を知らないので、いち早く学校へ連れていくことが正解であるように思われた。
ここから雷門中まではそう遠くない。自転車を使えば彼を運ぶことは不可能ではないだろう。

そうと決まれば、話が早い。

「ここに居ても悪化するだけだから、雷門中に移動しよう。」

だから自転車の後ろに乗って、と声を掛けると首を左右に振って拒否の意を示される。
彼は真面目そうだから、交通ルールとかそういう意味でのダメ、だろうか。それかお坊ちゃんらしいから二人乗りしたことがない、とか?
どちらにしても、そんなことを気にしている場合ではないだろうに。

じれったくなった私は失礼承知で彼の細い腰に両手を入れて、犬でも抱えるみたいに無理矢理立たせた。抵抗されるかと思ったが、案外あっさりと立ち上がってくれた。

「大丈夫、私めちゃくちゃ力持ちだから!」

という安心できるかと言えば些か微妙なフォローを掛けて、自転車に跨がる。

恐る恐るといった様子で荷台に乗って来る彼に、私はスクール鞄から探し出したハンドタオルを渡した。

「これで口押さえてて。寄り掛かってもどこ掴んでくれてもいいし、もう最悪我慢できなくなったら私の背中にならもどしちゃっても構わないから、とにかく絶対に振り落とされないでね。」

そう言うと彼はこっくりと頷き、軽く背中へともたれ掛かってきた。ふわふわの柔らかい髪の毛がうなじにあたってくすぐったい。
遠慮がちに腰に手が回されたのを確認し、私はペダルへと力を込める。

重量が変わって少しよろけたが、最初の数回でバランスを取り直した。思っていた以上に軽かった彼に苦笑しながら、自転車を出発させる。
慣れていなかったら危ないと思い、当初少し遅めの速度で運転していたが、彼の元来の運動神経の良さからかすぐにバランスも安定した。
腰に回された腕が強くしがみついてきて、力を込められたワイシャツの裾に皺が寄る。彼なりに均衡を保とうとしてくれているらしい。

それを確認した私は安心し、更にスピードを上げる。少しすれば青いスラックスや空色のプリーツスカートを横切る数が段々と増えてきた。
皆がみんなこちらを振り返っているような気がしたが、そんなことを一々気にしては居られなかった。

後少し、あと少し。
見慣れたイナズママークが視界に入り、私は更にペダルへと力を込めた。



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