建物の外に出てみると、ジリジリと太陽が照り付けてきて、肌が焼かれるみたいに痛かった。

我ながらよくこんな中をずっと走って来れたなぁと苦笑する。

進藤くんの後を付いていくと、どうやら外で練習しているらしい雷門イレブンの声がこちらまで響いてきた。
上から見下ろす形でコートを覗くと、鮮やかな黄色いユニフォームが目に眩しい。

しばらくすると鼻の頭に絆創膏をつけた筋肉もりもりのお兄さんがこちらに気づき、険しい顔をして声を張り上げた。

「おせぇぞ神童!!!!」

早く着替えて来い!と怒鳴り付ける声量は外とは思えないくらいびりびりと響いて、その迫力に驚いた。

そうだ、私の相手をしたから神童くんは練習出来ていないんだ。
今更ながらずっと邪魔をしていたという事実に気がつき、筋肉のお兄さんに弁解すべきか否かオロオロしていると

「大丈夫だから」

気にしないで、と柔らかな笑みを浮かべた後、進藤くんはキリリとした真剣な表情に切り替えて「すみません車田さん、すぐに着替えてきます!」とどうやら先輩であるらしいお兄さんに返事を返す。

「ったく。マネージャーもまだ来てないんだが、神童何か聞いてるか?」

「はい、彼女たちは監督に呼ばれていて、今旧部室に行っています!」

進藤くんの発言によると、マネージャーである茜ちゃんは今ここにはいないらしい。
となれば、今のうちに奴キリノを片付けてしまえば、茜ちゃんに見られることなく事は済ませられる。

私の予定としてはカミサマ自体をけちょんけちょんに打ち負かし、自ら茜ちゃんから手を引くように促す、という作戦なので、彼女にその場に居られると色々不都合が生じるのだ。
何より、茜ちゃんはあそこまで心酔してしまっている。下手をしたら私が嫌われてしまうかもしれない。

願ってもないラッキーな展開に、私は心の中で大きくガッツポーズをした。


そんなことを考えている間、進藤くんは忙しなく辺りをキョロキョロと見回していたのだが、何かを見つけたようで大きく声をあげる。

「霧野!」

どうやらキリノが居たらしい。

毎日散々人の邪魔してくれやがった宿敵カミサマとのご対面に、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。溢れ出る憤りを抑えることなく、進藤くんが声を掛けた方向を渾身の力で睨みつけた。

「なんだよ神童ー、」

キリノ、と呼ばれて返事のした方を見てみると、ものすごく顔の整った選手がこちらを見上げている。目がぱっちりとしてくりくりで、半端じゃない美人だった。凄まじい可憐さである。鮮やかなピンク色の髪を揺らしながらキリノはサッカーボールを細い足で受け止めた。オマケに動作ひとつひとつまで綺麗だった。


「あれが霧野だよ。」

「あー…んー…」

確かにキリノはめちゃくちゃ顔が綺麗な別嬪さんだった。
けど、けどなぁ…

「あの、進藤くん。私の説明不足が悪いんだけどね、私が探してるカミサマって男なんだ。」

だからキリノさんはちがうと思う。
そう言って右手を顔の前でパタパタと振ると、進藤くんは「えっ」と気まずそうに固まった。

つい先程までえらく騒がしかったにも関わらず、校庭には重い沈黙が走る。

シーン…と、まさに効果音を付けるならそんな感じだ。
え、何?この空気。

部員たちがまるで石にでもなったかのように、微妙に引き攣った表情を貼付けて固まる中、水色のキタロウみたいな子と紅色の色っぽい男の人の肩だけが小刻みに震えている。
口元を手で覆っている辺り、どうやら笑いを堪えているらしかった。

え、ここで笑うの?
学校が違うからだろうか、雷門の笑いのツボがよくわからない。


「あ、えっと、笹木さん。霧野はその、男なんだよ。」

なぜだか全く理解できないが、このタイミングで神童くんが盛大にボケをかましてきた。
え?これ何て返事を求められてるんだろう?ツッコミすればいいの?

もしかしたら進藤くんも少し笑いのツボがおかしいのかもしれない。
これは雷門ジョークとか、きっとそういうことなんだろう。
うん、全くわからない。

だからってスルーするのは良くないよな。そう思い、返しの言葉を探して思考を巡らせた。けれど私には笑いのセンスがほとほとないので、いい返しが思い浮かばない。先程のような沈黙は避けたいのでとりあえず普通に返事をすることにした。

「進藤くんてば、真面目そうに見えて冗談とか言うんだね!」

面白いこと言うなぁ。と雷門ジョークを知ったかぶってへらりと返した瞬間、辺りの空気が急激に冷えきって背筋に凄まじい寒気を感じた。

「やばい、やばいですよぉ…」

大きな丸眼鏡の男の子が引け腰になりながらそう零す。
さすがに私でもそれはわかった。
先程の二人は笑いを堪えることを放棄したらしく、ギャハハハとお腹を抱えて地面に崩れ落ちている。

呆然とそちらの方を眺めていると、突然バァンッと爆音のようなものすごい衝撃音が校庭に響き、続いて空気が抜けるような音が聞こえた。

驚いて音の鳴った方を向いてみると、キリノさんの足元からは、ふしゅう…と気の抜ける音をたてながら、砂ぼこりが舞っている。

地面にはペッタンコの白黒模様が張り付いていた。心なしかサッカーボールに見えないこともない。


そのままキリノさんはツカツカと私たちのいる段差の上へ向かってくる。
背中には顔に似合わないまがまがしいオーラを携えていた。
前髪に当たって出来た強い影のせいで表情が見えず、それがまた余計に不気味だった。

「…おい」

私の目の前で立ち止まったキリノさんは、ものすごい眼力で私を睨みつけた。
並んで立つと意外にも私より背が高く、見下ろされる形になって余計に迫力が増している。
どうやら私にお怒りのご様子らしいが、何が彼女の逆鱗に触れたのか、私にはてんで予想もつかなかった。

「さんっざん人を馬鹿にしやがって。俺のどこが女に見えるんだよ!」

今度はご本人様から直々のジョークである。さすがにこの手の無茶振りにはそろそろうんざりしてきた。
返事の困る冗談は皆もっと控えめにするべきだと思う。

何と返していいやら言葉が出てこなかったので、微妙な薄ら笑いではぐらかそうとしてみたところ「っお前…まだ…っ!」とキリノさんは更に青筋を立てて、元々あまりなかった距離を更に狭めてきた。

怒りの表情なんて誰でも恐いけれど、顔が綺麗だと三割増しである。それ以上近づかれることが恐ろしくて、私は両目をぎゅっと閉じて両手を伸ばして彼女を突っぱねた。

ぺた、と固い何かに手が触れる。

恐る恐る目を開けると、私の両手は彼女の胸元にペタリと張り付いていて、意図せずセクハラみたいな形になってしまっていた。

これはマズイと焦るが、それよりも手に感じる違和感に驚きを隠せない。
胸板の薄めな私が言えたことではないのだが、私なんかの比ではないくらい、その、まっ平だった。
下着のような感触もないし、しかもなんだか固い。

そんなまさか、と思いそのままさわさわとまさぐってみると「う、わあああああっ!!!」と顔を真っ赤にしてキリノさんは勢いよく遠ざかって行った。

恥じるその姿は女の子さながらだったが、核心を付いてしまった私は彼とは真逆に急激に青ざめていったわけである。

「なに、するんだよお前…!」

と言いながらさっきと打って変わって一定の距離を取りはじめたキリノさん。私は彼に近づいて行き失礼承知でその腰をガッと掴んだ。
「ひっ」と声をあげたキリノくんをそのまま押さえ付ける。

無駄な肉のない細っこい腰には、女の子特有のふわふわ柔らかい感触は一切なく、大きなくびれも見つからなかった。


今度こそ完全にこのショッキングな事実を信じざるを得なくなってしまった私は、「うわあぁぁ…こんなのまちがってる、世の中って不条理だよ…」と口から盛大に本音がだだ漏れる。

「お、まえっ…!」

顔が赤いやら青いやら忙しいオトメン、キリノくんはこちらへ食ってかかるようにまたも近づいてくる。
ハッとした進藤くんが「落ち着け霧野、笹木さんも悪気が合ったわけじゃないんだから…!」とフォローして止めに入ってくれたが、「放せ神童!」と怒りが収まらないらしいキリノくんは今にも私に襲い掛かってきそうである。

事のショックと収拾のつかなくなった事態にもうどうしたらいいやらと混乱していると、この場に似つかわしくない鈴のようなかわいらしい声が校庭に響き渡った。


「しんさま!」


こ、この声は茜ちゃん!

天使の到来に安堵した私は顔を綻ばせて振り向くと、まるでスキップでもするようにふわふわと駆けてきた茜ちゃんは私には見向きもせず隣を通り抜けた。

「神さま、これ監督からです」

古びた分厚いファイルのようなものを数冊進藤くんに差し出している。
心なしか頬がかわいらしい桃色に染まっていた。

「あ、ありがとう…」

霧野くんを羽交い締めにしながら、困ったように笑みを浮かべる進藤くん。

その様子を見た茜ちゃんは「困ったしんさまもステキ!」とどこからかピンク色をした愛用カメラを取り出して、目にも止まらぬ速さでシャッターを切りまくる。
いつもスローペースマイペースな茜ちゃんからは想像もつかないような俊敏な動きに、私は唖然としながらその光景をみつめた。


「あ、茜ちゃん…?」

戸惑いを隠せず、恐る恐る茜ちゃんに声を掛けると、「え、美奈子ちゃん?」とやっとこちらに気づいてくれたらしく、驚いたような表情を浮かべている。
なんでここにいるの?!びっくりしちゃった、エヘヘと朗らかに笑う茜ちゃんはいつもどおり穏やかでマイナスイオンたっぷりで、かわいかった。

しかし、その間も彼女の指は止まることはなく、ひたすらに進藤くんをカメラに収め続けている。

え、これはどういうこと?
初めて見るはつらつとした姿に呆然と立ち尽くしていると、茜ちゃんは「あ!」と何かを思いついたように、キラキラと輝く目でこちらを振り返る。

「紹介するね、美奈子ちゃん。この人がいつも言ってる神さま、神童拓人さまだよ!」

シンサマ?
いつも送られて来る茜ちゃんからのメールにそんな人いただろうか?
大体、メールに出てくる固有名詞なんて忌ま忌ましい『カミサマ』くらいな訳で、ついでに言うなら話題の中心もいつもいつも『カミサマ』オンリーなわけで。

カミサマ、神さま、…しん、さま…?

まさか。

「あ、あのシンドウ?くん?つかぬことをお聞きするけど、苗字ってどういった漢字を書くのかな…?」

「え、『シン』が神さ、ま……」


二人の間に心地の悪い、気まずい沈黙が流れる。

私、ずっと神さまとカミサマ探しして、たんだ。

私と同時に事態を大方理解したらしい神童くんは、「お、れ…?」と恐る恐る自らを指差し、目を白黒させている。
その光景をみた茜ちゃんは「私の大好きな二人が並んでるなんて…シャッターチャンス!」とお花を撒き散らすように喜々として、またも凄まじい速度でシャッターを切り出した。

こんなにはつらつとした茜ちゃん、小学校からの付き合いだけど、一度も見たことがない。


私、何してたんだっけ?
茜ちゃんがカミサマに騙されてて、だから私は茜ちゃんを助けに雷門まで来て、神さま実はシンサマで、シンサマは神童くんのことで、実際は茜ちゃんが神童くんを困らせて、て…?


えええ。
えええええ。


先程とは比べものにならないレベルのショックを受けながら、恐る恐る顔を上げるとカチリと神童くんと目が合った。

神童くんは、返事に困ったようにぎこちなく、小さな笑みを浮かべてくる。



ああ、贅沢何て言わないから、穴があるなら私を隠して埋めておくれよ、かみさま。



【カミサマ】:神童
110807



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