雷門中には『カミサマ』がいるらしい。


小学生の頃から仲良しな茜ちゃんからのメールには、ここ最近『カミサマ』がいっぱいでてくる。

別々の学校を受験した私たちは、泣く泣く中学が離れ離れになってしまったのだけれど
「学校ちがっても、ずっとなかよしで居ようね?」
と、卒業式の日、子犬のような大きな瞳に涙をいっぱいためてそう言ってくれた茜ちゃんとは、中二になった今でも毎日一回はメールをやりとりする仲が続いている。

最初の頃は「今日お家の前に猫ちゃんが居たんだよ」とか「欲しかったカメラ買ってもらえたんだ」とかかわいい茜ちゃんをそのまま写したようなマイナスイオン溢れるメールが送られて来ていた。

それなのに、中学に入学してから半年が過ぎた辺りから、茜ちゃんからのメールには「今日神さまがね」「さっき神さまがね」「神さまが本当にステキなの!」等々神さま神さまカミサマの嵐!!!

文脈からしてどうやら男であるらしいカミサマは、私と茜ちゃんの毎日の楽しいやりとりを盛大に邪魔してくれやがる訳である。

許すまじカミサマ。


まさか私の通う世宇子中以外にも、神を名乗る痛々しい輩が居るだなんて、と最初は鼻で笑っていたのにも関わらず、ここまでの危険分子であったことは本当に想定外だった。

うちの学校にも十年くらい前に在学して居たらしい、伝説の『アフロディさま』がいらっしゃり、今でも皆が崇拝しているが、
何かを崇めるという行為にほとほと興味のない私は、彼を「サッカーが上手くて顔が綺麗でたまたま世渡り上手だった」とかそんな程度の何かだろうと思っている。
どうせ雷門中のカミサマとやらもそんなところだろう。

毎日のメールをみて心の中でそんな悪態を尽きながら、茜ちゃんよ早く目を醒ませ!と常々思っているわけだけれど、嫌われたくはないので「そっかぁよかったね!」等々ニコニコ大人しく猫をかぶってお返事をしているわけである。

が、そんな落ち着いた態度が取れるのも昨日までだった。

学年が上がり二年生、新学期が始まって三日ほど。

その日の夕方に茜ちゃんから届いたメールがこれだった。

『私、サッカー部のマネージャーになったんだ。
これで毎日神さまいっぱい見られるよ(*^^*)』

ダボダボのブレザーを着て、かちんこちんに緊張しながら入学式を迎た新入生をみて、初々しくってかわいいなぁなんて和んでいた私の心には一瞬にして大荒れの暴風雨が到来したわけである。

いつの間に、いつの間にそんな展開になってしまったのだろうか。

いや、そんなことは今更どうでもいい。
サッカー部と言えば、確かあのカミサマとやらがキャプテンを務めているはずではなかっただろうか。

奴め、きっと自分に懐いてくるかわいいかわいい茜ちゃんを見て、良いように騙してサッカー部へ引き込んだにちがいない。

確か、友人情報によると、うちの学校のアフロディ様は「女性に優しく紳士的、かつ皆に平等」に接していて、常に彼の周りには親衛隊という取り巻きがまるで付属品のようについて回っていたらしい。

きっとカミサマとやらも、数々の女子たちに甘い言葉を浴びせて誘惑し、摘んでは捨て捨てては摘んでまるで消耗品のように女をたぶらかしているのだろう。
そこらへんの女と茜ちゃんを一緒にするだなんて、許せない!

男(というか主に神さま)にうっとりと夢を見ている純粋で無垢な茜ちゃんにはわからないだろうけどね、男は狼なんだよ!
そんでカミサマっていうのも所詮は思春期真っ盛りの一人の男なんだよ!

…はっ。
そうだよ、サッカー部に入部したってことは毎日狼たちの群れの中へ茜ちゃんが放られるってことではないか。
あんなに見た目も性格も可愛い茜ちゃんだ、男たちが放って置くだろうか、否!放っておくはずがない!

あああっ私が別の私立を受験したばっかりに…っ
こうしちゃ居られない!

茜ちゃんを助けに行かなくちゃ!!


***

とは思ったものの、季節は春。新学期は始まったばかり。

去年の学習範囲の確認テストやら、新入生歓迎会やら部活動勧誘やら、生徒総会に委員の総役決めやらやらやら…

なんだかもう忙しすぎて目が回りそうな日々だったが、それもなんとかやっと落ち着いてきたところである。

だがしかし、そんなこんなでもたもたとしている間にあの衝撃メールが送られて来てから二週間以上も経過してしまっていた。

その間、茜ちゃんからのメールには『カミサマ』の文字を見ない日がないばかりか、日に日に本文中に占める割合が増えつづける一方である。

私も最初こそ我慢していたが、ホーリーなんちゃらというサッカーの大会が始まりマネージャー業が忙しくなった茜ちゃんからのメールは日に日に少なくなってきていて、先ほどそれを寂しく思っていた私に久々に届いたメールが『神さま、』という書き途中で送信してしまったらしい一文である。

ここで私の堪忍袋の緒は盛大に引きちぎられた。

もう許せない、カミサマ!
私の茜ちゃんを散々たぶらかしてくれやがって!
こうなったら直々に成敗してくれるわ!!


…と、思い立ったらすぐ行動派の私は、只今雷門中学校の校門の前に仁王立ちしているわけである。

茜ちゃんをカミサマの魔の手からを救うべく、雷門中への侵入を試みようとしているわけだが、無計画無鉄砲のまま放課後すぐに世宇子からすっ飛んできた私は、ほとほと困っていた。

まず一つめ、如何せん私には雷門中の知り合いが居ない。
制服が入手できない、つまり侵入には必須条件と言えよう変装ができなかったわけである。

悩んではみたが、無いものは無いので仕方が無い。
とりあえず世宇子の白ブレザーはどこに行っても目立ってしまうので一先ず鞄に突っ込んだ。
すると、スカートの色が若干違うものの、奇跡的にそれっぽくはなった。
まあ遠目から見れば雷門中女子生徒に見えなくもないだろう。
雷門が制服シンプルで本当よかった。

形から入る派でもあるので少し勢いは欠けるが、いける。


ふたつめ、門の前ががら空きで隙だらけなのだが、これは罠か否かということだ。

世宇子はサッカーは勿論のこと研究的な意味でも機密事項がいっぱい詰まっているらしく、建物全体に最先端技術を駆使した防犯設備を完備している上に、校門の所には常にモキッとしたモンスターみたいな警備員が二人配置されている。

朝は胸元につけた校章バッチと顔写真付きの生徒証を掲げないと校内には入れてもらえないし、遅刻でもしようものなら顔面が鉄仮面みたいなモンスター数人に囲まれて尋問受けないと門を開いてくれない。

サッカーや他の部活の偵察は疎か、髪の毛一本通すのすら難しい訳である。
多分侵入とかしようとした日には本当の意味で消される、あの学校は洒落にならない。

ともかくそんな厳重な守りが敷かれている中で日々生活しているので、ぱっくりと開いて中のオブジェも易々と見えてしまうようなこの門が信じられなかった。

え、これ入って大丈夫なの?門通過した瞬間レーザーがチュインッバーン!みたいなことになんないよね?本当にいいんだよね?

さあお入りなさい、とでもいうように開放的に開かれた校門との境を跨ぐべく、そろそろと右足を伸ばしてみる。
でも恐い、足を地面に着けるのが恐い。

いや、私は茜ちゃんを守りに来たんだ、こんな所で立ち止まる訳にはいかない!
意を決して目をつむり、勢いを付けて走り幅跳びの如く門境を勢いよく越える。
トンッ、と両足が地面についた瞬間ギュッと歯を食いしばる。
1、2、3……どうやら本当に何も無いみたいだ。

ここまで警戒して色々悩んじゃったことがめちゃくちゃ恥ずかしくなった。

雷門中、こんなの不審者ほいほいじゃないか。
中では茜ちゃんが毎日生活してるんだからもっと気を使ってくれよ、全く。
まあ、ふたつめもクリアだ。

みっつめ、実はこれが一番深刻だったりする。

そもそも私が世宇子を受験した一番の理由は、その近さが故だった。

ダッシュ5分、ゆっくり歩いたって15分は掛からない。
朝が弱い私には持ってこいな立地条件だったわけである。

その間特に面白いものもないので、私は普段お財布を持ち歩いていない。
だから本日、雷門までのバス代とかそういった交通費がなかったのだ。

なので、無駄に脚力に自信があった私は、ここまで疾風ダッシュさながら全力で爆走してきた。

よくよく考えれば一回うちに帰ればよかっただけなのだが、頭に血が上っててそんなところまで頭が回らなかった。

さんさんと照り付ける太陽にガンガン当たったせいか、お昼ご飯食べてすぐ消化も待たずに走ったせいか、もうどれが原因かわからなかったが、

とりあえず今、私は盛大に気持ちが悪い。

とっさに水分不足だと判断したけれど、自販機を見つけてもお金がないので買うことができず、水道に行こうもほとんど知らない敷地のどこにそれが設置されているのかなんて、解るわけがなかった。

うろうろと必死で探してみるが、頭がぼーっとして視界がぼやけはじめてくる。
立って居られなくなってしまい、その場にしゃがみ込んだ。

知らない土地で起こってしまった緊急事態に、どうしていいかがわからない。
恐くて恐くて、頭がパニックになってしまっていた。

どうしよう、どうしようと段々涙が溢れてきて意識も朦朧としてくる。

助けて、茜ちゃん…!


「あの、大丈夫ですか…?」

突然声を掛けられて、反射で見上げてみると雷門の学ランを着た同い年くらいの男の子が立っている。

その拍子に瞳に溜まっていた涙が零れて、それをみた男の子は焦ったように屈んで目線を合わせてきた。

「具合悪いのか?!しっかりして…!」

ふわふわしたココアみたいな色の髪を揺らして、男の子は心配そうに顔を覗き込んで肩を支えてくれる。

人の良さそうな表情に安堵した私は、彼にもたれかかるようにして意識を手放した。



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