※『みんながかえってきた』あたり
「霧野」
「…」
「霧野」
「…」
「霧野、っつってんでしょ!」
ばしん。
右腕に走った衝撃で、ハッと我にかえった。
驚いてそちらの方へ視線を向けてみると、隣に座るクラスメイトの笹木が心底不機嫌そうにこちらを睨みつけている。
その手には丸めた教科書が握られていた。
「なんだよいきなり」
「なんだよ、じゃないわよ何回名前呼ばせる気?」
「…ああ、すまない。ぼうっとしてた。ところで、用事はなんだ?」
「今がALTの授業だって解っての発言ならもっかい殴るわよ」
ALT。実際に英語圏の先生を呼んで、発音や英会話等を学ぶ授業である。
英語での会話の掛け合いは、全て隣り同士ペアで発音練習させられるのだ。
ああ、そういえばそうだったな。と、自分が先程教室移動していたことを思い出す。
「で、何?そんなに霧野はキュートなキャシーがやりたいって?超似合うと思うよ声高くして感情込めてやってね。」
「嫌味を言うなよ悪かったって。俺はライアンをやる。」
「あ、そう。」
大して興味もなさそうに笹木はその配役を許諾した。
日常会話、といいつつ普段あまりに簡単すぎて使わないような例文の会話が、二人の間で繰り広げられていく。
「I get the best score on the examination」
「I am no match for you…」
『君には勝てないよ。』
ライアンのその発言に、ついため息が漏れた。
別に会話の内容自体は運動関係のものではなかったのだが、今の自分の荒れた心にはこの一文がなんだかひっかかる。
そこまで考えて、自然ともうひとつため息が零れた。
「ちょっと、ため息零しながら読まないでくれる?」
「ごめん…」
「何なの今日、しおらしいし心此処に在らずだし…調子狂うなあ。」
ほお杖を付きながら自分とは違う、呆れたような溜息を笹木はこぼす。
ずかずかはっきりとした物言いの彼女なら、この気持ちの突破口をくれるかもしれない。少しだけ相談を持ち掛けてみることにした。
「…笹木ってさ、嫉妬したことある?」
「はあ?」
いきなりなんだ。怪訝な目が言葉にせずともそう伝えてきている。
その様子に苦笑しながらも、俺は更に言葉を続けた。
「例えばだけどさ、仲良い友達とかに、嫉妬したりすることあるか?…それってやっぱり醜いものなのかな。」
「…」
例え。そう念を押してみるけれど、クラスメイトである彼女だ。
俺が言う友達が神童であることなんて、きっとばれてる。
けれど笹木はそこに触れることなく、口許に手を宛てて悩むように黙り込んでしまった。
やはり、いきなり重過ぎる相談だっただろうか。
「笹木、やっぱいいやごめん」
「…あのさあ」
顔を上げた彼女は、真っすぐにこちらを見つめてくる。
透き通ったブラウンカラーに、思わず目を奪われた。
「あのさあ霧野。私ら中学生だよ?」
「…は?」
「醜いとかなんとか言ってたけど…まあ、嫉妬は醜いんじゃない?男の嫉妬は醜いって言うしね。」
「…」
「けどさ、まだ中学生で、んなに人間出来てるわけないっつの。ジェラシーなんて抱きまくりでフツーでしょ。子供のクセに何言ってんだ。」
そう言うお前の方が、子供のクセに何言ってんだ。
そう返してやると、笹木はふは、と吹き出して「父親の受け売り」と笑った。
そうか、お前もか。こんなことに悩むのは俺だけではないのか。
「てゆーかさあ。」
「え?」
「そのチート的な綺麗な顔持っておモテになって、頭の出来も良くて?そんだけ色々持ってるクセに嫉妬とかムカつく。欲張りすぎ。凡人に対する嫌味か。むしろ私はあんたにジェラシー感じるわ。顔取り替えろ!」
けっと本当に嫌味ったらしくそういう彼女に、思わず吹き出した。
現状は何も変わっていない。
やっぱり、嫉妬で心は真っ黒に染まったままだ。
けれどその汚い黒を、少しだけ許されたような気がした。
「笹木」
「なに」
「ありがとう」
「…へ?なに、顔の下りでその発言は嫌味?嫌味なの?」
サイテー。そういう彼女はニヤリと口許が笑っている。素直じゃないやつだ。
解ってる。何も変わっちゃいない。
けど少しだけ、心が軽くなったような、そんな気がする。
120830
英文は適当に付けたものなので
会話として正しいかどうかは解りません。