弱虫な私は、こんな事でしか彼との繋がりを作れない。
「あの、いっぱい作っちゃったから、よかったら…」
そう言って、私は手づくりの胡桃レーズンクッキーの入ったタッパーを倉間くんへと向けた。
倉間くんは「おーサンキュ」と言いながらラストひとつのクッキーをつまむ。
こういうことは、これが初めてではない。
私は仲良しの皆に配るという名目でよくお菓子を作り、いつも意図的にひとつ余らせている。
「最後の一枚って、誰も手を出してくれないから」というこじつけで、私は毎回隣の席の倉間くんへとお菓子を差し出しているのだ。
口下手で奥手で、好きな人にうまく話掛けることすらままならない私の、唯一のアプローチ手段だった。
「あれ、いいな倉間何食べてんのー?」
調度通り掛かった浜野くんが、口を尖らせながら倉間くんにちょっかいを掛けはじめた。
「クッキーだよ見りゃわかんだろ」
「俺にもちょーだいよ!」
「ムリ」
ブーブーとブーイングする浜野くんに、焦って謝罪を入れる。
「ごめんね浜野くん、それ最後の一枚で…」
「あー笹木の手づくりなんかこれ!今度俺にも作ってよこのクッキー!ちなみに何クッキー?」
「えっとね、レーズンとクルミ」
「…ありゃ?」
「…え?」
浜野くんはきょとんと首を傾げた。意図が分からなくて私も思わず同じように首を傾ける。
「あれ、倉間ってナッツ系ダメじゃね?」
「えっ」
ゴッ、と鈍くて大きな音が響いた。
倉間くんを挟んで向こう側にいたはずの浜野くんが、突然のフェードアウト。
倉間くんの机に隠れて見えなくなってしまった。
どうやら悶絶してうずくまっているようである。
「いっ痛い痛い…!倉間本気で蹴ったっしょ…っ!」
「クルミだめじゃねえよ」
「絶っ対嘘だもんね!こないだコンビニで買ってたチョコパンにクルミ入ってて、全部ほじって俺に押し付けたの忘れてないんだからなー!」
「うるせぇな最近平気になったんだよ」
「一週間で好き嫌いが治るもんかー!」
ぎゃあぎゃあと二人が言い争う声を聞きながら、私は全身の血の気が引いていくのがわかった。
倉間くんに苦手なものを押し付けてしまった。
きっと彼は、いつも私のお菓子なんかを嫌がらずに受け取ってくれる優しい倉間くんは、断れなかったんだ。
大きめのクッキーだったので、倉間くんの手にはまだ半分ほどが残っている。(もしかしたら苦手だから食べ進められなかったのかもしれない。)
私は急いで声を掛けた。
「倉間くんごめんねっ無理して食べさせちゃって…それ、残しちゃっていいから」
「えっじゃあ俺にちょーだいよ倉間」
浜野くんがお手、といった感じで手の平を差し出す。
すると倉間くんは勢いよくサクサクと、残りのクッキーを全部口へ頬張った。
「あああ!…倉間食べちゃった」
「倉間くん、無理して食べなくてよかったのに…!」
もう既に私は泣きそうだった。申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいだった。
倉間くんは最後まで口に入っていた分を全て飲み込むと、こちらへ向かって両手を合わせた。
「…ごちそーさま。美味しかった、デス。」
「あああ、なんかもう本当に、ごめんね…!」
「なんで褒めてるのに謝るんだよ。大丈夫、笹木は料理上手いから本当にうまかった。だから、」
倉間くんは、目線をそっぽに向けながら、ぶっきらぼうに言葉を続ける。
「また余ったら、くれ」
胸がきゅーとして、苦しかった。ああ私この人のことが好きだな、と思った。
「こ、今度は!チョコのクッキー作るね、食べてね」
「おう、楽しみにしてる」
120709