※短編の続き


体中が悲鳴を上げている。
中でもオデコが一番重傷だ。掃除用具入れから飛び出してすぐに、頭から着地してしまった。
不幸中の幸で、私は自他共に認める石頭の家系だ。ぶつけた部分は焼けるように熱いけれど、大した外傷はないことだろう。
と、ぐわんぐわんに揺れた頭でそんなことに思いを馳せていた。
頭程でないにしろ、硬い硬いタイル製の床にダイブした全身はジワジワと痛む。そんな忌ま忌ましい床とごっつんこ状態で俯せに倒れている私だが、もう二度と顔を上げたくない気持ちでいっぱいだった。
いっそこのまま穴を掘って身を隠してしまいたい。ここは四階だけど。

先程の騒がしさが嘘のような、教室に流れる不自然な沈黙が酷く痛い。

いっそ笑ってくれたら、と思ったが、それは無理な話だろう。

話題の中心が、それも普段弱みなんててんで見せない友人のヘビーなネタの中心が、いきなり掃除用具入れから飛び出して来たのだ。
言葉を失うのも無理はない。
現に私だって、掛ける言葉を見つけられずにいる。

どうすれば正解なのだろうか。頭の中で幾つもシミュレーションを繰り返してみるけれど、これといった答えは見当たらない。床に何の動作もなく倒れているのは時間が経てば経つほど気まずいから、出来るだけ早くアクションを起こさなければ。けど、いったい、どうすればいいの。


「笹木だいじょーぶう?」


突然緊迫感のない間延びした声が頭上から降り注いできた。間髪いれずに、ぐいっと腕を捕まれ優しく身体を起こされる。
見た目に似合わず意外に力強いんだな、と思った。そうだこいつ男だわ、と最近西野空は西野空という生き物、の認識であった私は密かに驚く。
そのまま背中や頭を軽く叩かれた。何かと思ったが、どうやら埃を払ってくれているらしい。その間、片手は握られたままだった。
優しく振る舞われるのはなんだか照れ臭い。顔が、見れないじゃないか。

…あれ、こいつこの空気作ってる当事者様じゃないっけ?

手を貸してもらっていてあれだが、余りにも普段通りすぎるマイペースな行動にシュルシュルと気が抜ける。
西野空は恥ずかしくないの?と思ってはっとした。
もしやいつも私にちょこまか付き纏っていたのは、彼なりの愛情表現だったのかもしれない。あまりにも素直で直接的過ぎるから不安だったけれど。
なら西野空からすれば、今更私に好きとかばれたところで痛くも痒くもない訳か。
だとしたら、彼のスローペースに納得だ。

よし決めた。このまま西野空のペースに乗っかろう。
『もう今更びっくりしたじゃーん!』とか何とか言って肩でもバシッと叩いて、笑える空気に無理矢理変えてしまおう。

これからの行動を決め込んで、勢いよく顔を上げると、西野空の顔がすぐ近くにあった。彼もまた、しゃがんだまま俯いていたらしい。
急な事態に驚いて言葉をなくしてしまった。

何よりも、平然と振る舞っていた西野空のその顔は、耳まで真っ赤だった。

カチリと目があってしまった西野空は、その青い目を気まずそうにそっとそらせる。

またどうしていいか分からなくなってしまった。
そんな顔やめてよ。西野空らしくない。不覚にも、かわいいと思ってしまった。予想を超えた事態に、胸がどこどこと激しく揺すぶられる。

このまま勢いにまかせて事を進めてしまうのもありだろうか。
少なくとも私は、自分の中の苦手意識が好意に変わる瞬間を垣間見た。
これが西野空の持っている気持ちと同じかどうかはまだ曖昧なラインだけど、勢い任せもやっぱりありだと思う。

私はシミュレーションも何も重ねていない勢い任せの言葉を今口にしようとしている。
今一度言おう、もうどうにでもなってしまえ。



120708



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