04.幸福論者は最前線


「ちょっと、やめて下さい。
一人でも出来ますから」
社会科準備室から聞こえてきた声に春は足を止めた。
よく聞き覚えのある通ったソプラノ、美雪の声だ。
室内を覗き込むと例のチャラ男が彼女に絡んでるようだった。
てめーは新橋の酔っ払いか!
春は意を決して声をかけた。
「すんませーん、梶本先生こっちにいませんか?
次の授業で使うプリ無くしちゃって〜職員室行ったらこっちだって言われたんですよ」
「こっちには来てないわ。
私、この資料片すように言われてて」
美雪はこれ幸いと多間木から身を離すと答えた。
「あっ、そうなん?
まいったな〜」
「良かったら私のコピーする?」
「えっ、いいの?ラッキー!
会長、良い人だな」
春は傍にあった脚立をさりげなく持ち上げると美雪の手からパネルを奪いさっさと棚に放りあげた。
「いっちょあがり!
さっ、行こうぜ。
早くしないと昼休み終わっちまう。
あ、あんたもゴメンネ…なんか話してたみたいだけど。こっち緊急なんだ」
胸の前で手を合わせてウィンクする。
多間木はあっけにとられたのか一言も発することなく二人を見送った。
舐めるな社会人スキル!!

「さっきはありがとう」
「ううん、なんか困ってたみたいだから。
私、E組の金田ハルよろしくね」
「E組の子だったんだ、でもそうしたら…プリントって」
「ただの口実。うちの担当梶原じゃなくて山口だもん。
そんな事よりあんなのに近づいたら駄目だよ。
あいつ絶対ろくなのじゃない。美雪かわいいんだから一人でウロウロしないようにね」
人差し指を立てて『めっ!』と怒ると美雪はきょとんとした。
「どうかした?」
「ううん、なんでも」
幼馴染を彷彿とさせる仕草に美雪はふわりと笑みを浮かべた。
よくわからないが笑顔になった美雪に春もほっと息を吐く。
「私は、知ってると思うけど美雪。七瀬美雪よ、よろしくね」
二人は昼休み終了ギリギリまで話し込むとアドレス交換をして別れた。
春の脳内には美雪の少し儚げな微笑がこびりつく。
大丈夫。
絶対に俺が守るから。
一にとって美雪は初恋の少女から家族へと昇華されていった存在だ。
好きな子を守りたいから大切な家族を守りたいへ気持ちがシフトしても行動はなんら変わることは無い。
それは春になっても同じようだ。
前みたいに元気一杯に笑う彼女を見たい。
ふつふつと腹の底からそういう思いが湧き上がる。
昼休憩から帰ってきた春を見た里香と玲子は口を揃えて行った。
「「どっかでスター拾ってきたの?」」
「……そんなわけないだろ
ほら、言ってないで次の授業の準備!」



家に帰り人心地つくと春は早速メールを打った。

『件名:初メール
春です☆届いてるー?
今日は我が家はマーボーナス。
自分で味付けしたんだ、美味いよ。今度食べにおいで〜』

『件名:美味しそう
届いてるよ。春ちゃん料理上手?
自分で作ってるなんてエライ(^^)』

『件名:必然的に
お父さんのが料理上手、一人暮らしだから自分で作らないと飢える(T T)
美雪は料理しないの?』

『件名:いいなぁ〜
一人暮らしとか凄い!羨ましい。
今度本当に遊びに行っていい?
料理、私もするよ。一緒にしようよ(≧▽≦)』

女の子同士だとこういうやりとりも出来るんだ。
パジャマパーティーとか楽しそう。
折角だから玲子と里香も誘って、ピザをデリバリーするのもいいかも。
でもそうしたら美雪と料理できないや。
お行儀が悪いが食べながらぽちぽちとメールを返す。
一区切りついたところで皿を洗う為に台所に移動したが直ぐにバイブの音に呼び戻される。
バイブは電話だ。
表示は美雪。
「美雪、どうしたん?」
「メール、割とすぐに返ってきたから。
今って大丈夫?」
「全然OK」
「あのね、多間木君のことなんだけど……」
美雪は折角出来た友人が今日のことで目を付けられたりしないかと密かに悩んでいた。
ましてや一人暮らし。不安すぎる。
「ああ、たま菌がどうかしたの?」
「ハルちゃん、女の子なんだからそういうのは」
「あははは、へーきへーきちゃんとお父さんお母さんの前では隠してるから」
「もう、そういう問題じゃないでしょ。
玉間木君なんだけどちょっと面倒な事情があるみたいなの」
「面倒な事情?」
春は姿勢を正した。多間木匠、チャラ男改めフラグ男と認識。
「あんまり詳しくは話せないんだけど命を狙われてるかもしれないの。
知り合いの刑事さんからとばっちりを食らわないようにって忠告されてるくらいだからハルちゃんも出来るだけ気をつけてね」
「命狙われるって、何したんだアイツ?」
「え?」
「いや、明らかに被害者顔じゃないだろ。
だったら相当恨まれてるってことだよな。
美雪はどこまで事情知ってるんだ?」
問いかけてくる口調は軽いが雰囲気が口を噤ませなかった。
剣持のことを抜かし、三年前の事件と毒島襲撃について説明する。
「なるほど、拳銃か……」
あーうん、言い難いよな。ごめん、下手な死に方して。
「ハルちゃん、絶対に危ないことしちゃ駄目だよ」
それもごめん、ちょっと約束しかねる。
しかし負に落ちない。
美雪はまだ話していないことがあるはずだ。
知り合いの刑事って言うのも引っかかる。
明智さんかオッサンか、話してる雰囲気から9割がた明智さんなんじゃないかと踏んだ。
あの人が動くほどの事件。
一が死んでナーバスになっているだけとは思えない美雪の警戒振り。
身内の犯行?
春は今までなら容易く入った情報が流れてこないことに若干の苛立ちを感じた。



事態は最悪のほうへ動いた。
『ハルちゃん、大変なことになっちゃった』
『美雪、落ち着いてどうしたんだ?』
『多間木君の共犯だった人が亡くなったって。
私、警視庁でビデオ確認して。それで……』
魚崎葉平の訃報と共に美雪は最後に剣持を目撃した人間として証言をするべく警視庁を訪れていた。
『大丈夫だよ美雪、日本警察は世界でも優秀だってお父さんが言ってた。
美雪の知り合いの刑事さんもきっと頑張ってくれる。信じてれば活路は開かれる』
彼女が動揺する知人なんて数えるほどしかいない。刑事さん達ではなく刑事さんという単語が何度か出たことを踏まえると指名手配されたのはオッサンだ。
黙って見てる事なんて・・・・・・・出来るわけ無いだろ!
元底辺社会人の底力、ジッチャンの名に掛けて見せてやる。
チャリで近所の電気屋に直行すると印刷紙とインクパックを購入し即効で戻る。
ガタガタと猛スピードで打ち込まれる文字。
住所は…悪い、おじきのところ借りる。
骨董商を営んでる叔父の事務所を打ち込むとカーソルをぐりぐり押し付け『印刷』。
プリンターが瞬く間に紙を吸い込む。
印刷している間にカッターと古雑誌を持ち出し完成したものから丁寧にカットしていく。
上質紙がいい雰囲気を出してる。それはどこからどう見ても名刺だった。
名刺ケースをカードケース代わりに使っていてよかった。
古くなったものをそうやって再利用していた経験から春は父の名詞入れをそのまま使っていたのだ。
適度に使い込まれてる感のあるそれは中々ポイ気がする。
翌朝、クローゼットから慣れ親しんだオフィスカジュアル服を見繕い装着。
これだけで+3歳は老ける。
服装って大事。
もともと衣服にそれほど頓着しない春は長く着れるスタンダードデザインを好んだ。
この点が玲子と気が合う所以だろう。
こういう格好をしていると大抵のところに入れるし馴染める。
なんかちゃんと仕事をしてる人っぽく見えるのだ。
前髪を数度ブローしてからカーラーで固定し、早速メイクに入る。
ここもポイント。
下地は丁寧に、ファンデをたたく前にボビーの練りチークで上気したような頬を演出。
日本人肌に最高になじむルナソル様のアイパレットで目力装備。
眉毛は太すぎず細すぎず。パウダーとライナーでびしっと決める。
リップは懇親のオーバーリップで色っぽく。シャネルのボーイ、この口元で大抵のことが謝って許される。男ってたんじゅーん!
化粧は武装、女の武器は使ってなんぼ。むしろ女でいることを捨てたほうが面倒事が多い。世の殿方はいい女には喧嘩を売らないのだ。
じっくり見られるわけでも付き合うわけでもない、仕事を円滑に動かす為に雰囲気を作るということは社会人に求められる一つの要素だ。
ヘアはハーフアップ、パールの連なったコームでがっつり留める。持久力も大事です。
仕上げにカーラーをはずすとふんわりと浮いた斜め前髪が出現した。
ケープを満遍なく散らし固定する。
しかし、ふと何か足りないような気がした。
慌てて台所に行くとオリーブオイルを一滴手に取る。
摩擦熱で薄く延ばし顔全体にパッティング。
よし、20代の私出動!!(正確には20代後半に見られることが多かったので今もいけると信じてる)




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