03.君を求むるまにまに


会いたい気持ちとそれを上回る恐怖が、時を掛けて溶けていくように彼の気持ちにも安らぎが訪れることを願う。
一の葬式は怖くて行けなかった。同級生を装って行くことも出来たはずだったが自分のせいで泣いている誰かを見る勇気は出なかった。つくずく臆病者だ。
死んだ人間よりも生きてる人間の方がよっぽど傷つく。
自分のことで手一杯でそこまで頭が回らなかったことも否定しない。
死んでみて思ったのは意外に恨まないということだった。
撃った犯人に対して『死んで悪かった、これで3人目だからお前死刑求刑免れないな』って。二人なら無期懲役も有りだったんじゃないかとか、冷静な部分で考えてしまう。
父ちゃん母ちゃんはお互いが居るから、それに今なら二三も居る。
生意気だけど芯が強くてしっかり(チャッカリ)した奴だから俺の部屋のもんとか勝手に処分してそうだ。頼むからベッドの下に隠したお菓子缶と机の一番下の引き出しは開けずに捨てて欲しい。
今が夏休みじゃなかったらもう少しパニックになってたかもしれない。
考えがぐるぐる。
お父さんとお母さんからは蚤の市で見つけたと書かれた手紙と共に刺繍の細かな小物入れが届いた。プチポワンとか言う物らしい。いっちょ前に女の子なので嬉しい。でも食べ物のが良かったな〜なんて思ってる。
写真立ての前に飾り決意を固める。
『絶対長生きしよう、最低でも親より長く生きよう』
親より長生きというのが目標とかしょっぱいよな。
手紙の追伸には来年のバカンスには戻って来いとあった。受験生なんですが?
でもきっと戻るよ、顔見せて元気だって少し大人になったでしょって。
親孝行絶対するから。
結局今出来ることを精一杯するのが生きてる人間の義務なんだ。
答えなんて初めから出てたんだ。
一としては知らなかった玲子と里香とは大の仲良しなのだから春として知らない美雪や草太、佐木やいつきさん、オッサンとも仲良くなれる気がした。
新しい季節はまだまだ暑く、秋と言うには照りつける日差しが痛いが心と同様に晴れ渡る空に春は吉兆を感じ取った。

「おはよー」
新学期が始まって幾日かたった。件の宿題も提出済みだ。
玲子と里香は既に席についていた。
二人は中学が同じ、つまるところ学区が同じのため大抵一緒に歩いてくる。
「あれ?今日はちょっとゆっくりめなんだね」
「寝坊でもしたの?」
「え、いつもこんなもんじゃない」
そういえば春単体の時は早めに教室に辿りついていた気がする。
「連休あけで呆けてるのかな〜」
にやにやと玲子が笑った。
「玲子ちゃんはいつも私が迎えに行ってるけどね」
すかさず里香が意地悪げにつついた。
「もう、その辺にしといたほうがいいよ。
ところで数学の課題なんだけどさ有ってるか不安なんだよね。
答え合わせしようぜ」
「……そうだね」
「どうかした?」
「なんでも。するんでしょ答え合わせ」
釈然としない表情の玲子にきょとんとした春。
「やっぱり夏からなんか雰囲気変わったよね、ハルちゃん」
「えっ、そうかなぁ〜そんなことアリマセンワヨ」
「前々からおっとこらしかったけど、さらにパワーアップした感じ」
「ナニソレ」
「まあまあ、悪いほうに変わったんじゃないんだしね」
「もう、パワーアップとかキノコ食べたわけじゃないのに」
「いや、もはやスターレベルだよ」
「男と言えば、転校生来るらしいね」
「へ〜」
何気なしに玲子が呟いた転校生。
これってフラグなのか?春は顔を顰めた。
喉元まで出てくる"〜の殺人"昔耳にしたような気持ち悪さに口元を押さえた。
あの夏の嵐の日から……だった頃の記憶が薄らいでるのを自覚していた。
とにかく自分は金田一一という人間と余り近づきたいと思わなかったことや究極の客観性を帯びた自分を含めた周囲の印象など。
都合の悪いものに修正が入るような乱暴さに時折戸惑っていた。




転校生はチャラかった。日を追うごとに酷くなる。
これ以上無いくらい残念無念また来週を通り越して逝って良し!のレベルだ。
生理的に受け付けないタイプでそれには玲子も里香も同意権のだった。
クラスが棟ごと離れてるのが不幸中の幸いである。
登下校の度に女を群がらせて歩いてるところを見たが、あれは犯罪者の顔だった。
「なんかね。空気がおかしいのよ」
男を見る目にかけてだけ発揮される里香の慧眼。
以前も玲子が変な男にひっかかりそうに成る度に追っ払っていた。
案外見た目が可愛い子の方が油断なら無いもんだ。
それに比べていつも運命の出会いがとか特攻とか言ってる玲子の男運の無さは別の意味凄い。
「空気ってあんた…また電波発言」
「もう、女の子はこのくらい可愛さを演出したほうがモテルのよ」
「うあーーお勉強になります里香大先生!」
「でもミステリー小説やサスペンスドラマなら真っ先に殺されるタイプだと思う」
玲子は読書家の為、春ともよく話が合った。
殺されるというキーワードに思わずぞっとする。
一の日常ではありえないことではなかったのだから。





警視庁捜査一課はいつに無い厳戒態勢だった。
消失した登録拳銃と行方不明の剣持警部。続いて届いた毒島狙撃の一報。
明智健悟は全力でその行方を捜し、単身で剣持を信じた。何より年下の親友を奪った拳銃で強行に及ぶとは考え難い。
しかし一が居なくなって彼は変わってしまったのだという、課内の雰囲気は半数がそちらに流れだしている。
良くない兆候だ。
眉間にぐっと力が入る。
睡眠欲を抑える為だけに入れられたコーヒーの味すらわからない。
ただ、生きる為に摂取した食物。
居なくなってからもう1ヶ月以上も経つというのに未だに彼を待っている自分がいることに明智はとうに気づいていた。
もし、君がいたらどんな風に推論するだろうか。
彼なら剣持の無実を信じるに違いない。彼が信じる、それは明智にとってもっとも固い確証だった。
長い溜息を吐くとおもむろに携帯を取り出した。

『もしもし、七瀬さんですか?』
『明智さん?珍しい。どうかなさいましたか』
美雪の声を聞くのも随分ぶりに感じた。
何しろ最後にあったのは一の葬儀だった。
『実は―――』
明智は纏めた事件の概要を美雪へと順序良く話した。
『―――というわけですので出来るだけ彼、多間木匠には近づかないようにしてください。
これが復讐殺人ならは、次に狙われてもおかしくありません』
『そうだったんですか。剣持さんが……私、実は見てたんです。なんとなく顔を合わせずらくて直ぐに場所を離れたんですが。
でも思うんです、あれはきっと忠告だったんじゃないでしょうか?』
美雪もまた剣持の無実を確信しているようだ。
『そうですね……また、何か進展がありましたら連絡します。
いいですね、くれぐれも身辺には気を配ってください』
『はい、わざわざありがとうございました』

明智のしつこ過ぎるような忠告に美雪は電話口で苦笑した。
大丈夫。
転校生の噂については割りとあっさり広がった。
女癖の悪さや素行など褒められたものではない。
一が亡くなってから美雪の周囲も少なからず変わった。
ほんの少し帰りが遅くなっただけでナーバスになる両親、静かになった金田一家。
適当に理由をつけては位牌を拝みにいく。
何も変わらないようで変わってしまった日常。
自分の恋が散ったあの日、そして雷鳴の轟いたこの夏、二度に渡って一を失った。
「片付かないんだ、はじめの部屋」
二三は苦笑してそう言った。あいつ、くだらないものばっかり溜め込むから。でもゲームは使ってやってるんだぜ。
お土産の水羊羹が掌の温度でぬるくなっていく、そんな些細なことにさえ生を感じる。
冷たくなった大切な人。
クラスで上がる笑い声の中に彼が居ない。
先生が振り返って見やる空席、一瞬よぎる妙な沈黙。
美雪の日常はあっけなく散った。


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