02.スタートラインを蹴る


人生というのは何処で終わるのか判らない。
昨日まで隣にいた人間が突然に居なくなる。
金田一一にとってそれはもはや珍しいことでは無くなっていた。
それでも血がそうさせるのか、諦めそうになったり挫けそうになったりする度に何かの力、いやこの場合は流れというのだろうか。そういったものに後押しされるように現場へと向き合うことになった。

雷鳴が轟くその瞬間を狙ったように発砲された弾は、確実に不味いところに当たった。
当たった本人がそう思うのだから間違いない。
痛みよりも熱い、胸が焼けるように熱い。
間も無く落ちてきた大粒の雨が一の体を打った。
霞む視界の中で思ったことが『明智さん、怒るかな』だけならまだしも『宿題終わらせたばっかりなのに』だった。
夏休みは遊ぶには十分すぎるほど残っていた。





すっかり雨が上がり、煌煌と月が輝く。
はじめはがばりと起き上がった。
激しく打つ胸の動悸に生きているということを実感する。
次に湧き上がったのは『何故、どうして!』という疑問。
視界に入ってきた風景。薄暗い中でも判別出来る物を探した。
公務員第3種地方公務員と書かれた参考書。
そうだ、これは参考書だ。
勉強して市役所でまったり働くんだ、それが今の目標。
次に携帯電話が目に入った。
可愛くデコレーションされている。
数秒かけてデコ電という単語が思い浮かぶ。
今の時代はスマホ普及してないんだ。
チェストに立てかけれた写真はお父さんとお母さん、父ちゃんと母ちゃんじゃない。
動悸が一層激しくなった。
何故なら、自分はさっき"撃ち殺された"はずだったんだから。
なんとか立ち上がり電気を付ける。
眩しさに数度瞬いたが見慣れた部屋であって知らない部屋。
姿見に映るのは自分であり自分じゃない。
一度同じ経験をした精神が動揺を抑えていく。
精神が回復してくにつれある事に気がついた。



『あーーー宿題二度もやっちまった!』






なんだか損した気分になった目覚めた後。
客観的に一を見て、これ死ななかったの奇跡だなと思うこと数分。
まあ、死んじまったもんは仕方ない。非科学的なことを信じない風を装っている一も実際に臨死体験をすっ飛ばしてよくわからない状態になったが人生なんていうもんは成るようにしか成らないという持論で蹴り飛ばした。
……にもチャンスがあったように一にもチャンスが訪れた。
それだけのことなのだと。
現実を受け入れたつもりで春は翌日にショッピングに出かけた。

「ねーねーコレなんて可愛くない?」
「えー子供っぽいよ、もう少しこうセクシーな。そうだなぁコレとかは?」
「でもブラウスから透けちゃうしなぁ…あっ、こっちなんてどお?」
色取り取りの下着の山の中から仲良し三人組でキャッキャ言いながら選ぶ。
男なら絶対にありえないシチュレーションだ。
真っ白にフリルとレース、ピンクのリボンが付いたブラを持ってきたのは鹿山里香、栗色の天パーマにどんぐりのように丸い瞳の可愛い雰囲気の同級生。流行のショップの袋を肩から下げ雑誌に出てくる女の子に負けないコーデで決めている。
同じく同級生の泉玲子はラベンダーに黒いレースが表打ちされたものをピックアップ。
ストレートの黒髪に切れ長の瞳、程よい身長でありながらもピンヒールを履きこなす彼女は大人っぽい雰囲気をかもし出しているがただの耳年間。先ほどから男を落とす為の下着選びに目を血走らせている。
はじめが手に取ったのはパールホワイトにモチーフレースが添えられたセットアップ。
「あっ、それ可愛い!ね、試着してみなよ」
女の会話には三秒に一度出るワード、可愛いを連呼されあっという間に試着室に連れ込まれた。
外ではピンクリボンと黒レースが待機してる。結局それ自分らが着たかっただけじゃね?というのはご愛嬌だ。
鏡に映る自分の姿……明智さんってこういうの好きかな?・・・・・・・・・・!?
やべ!明智さんどうしてるんだろ。
凄く今更ではあるが、確実に一は死んでるはずだ。
それは待ち合わせ一番に確認してる。
『A組の金田一が死んじゃったんだって』とくに関わりも無い里香が目をうるうるさせてそう言っていた。可愛い女の子にそんな顔をさせていることにちょっとまんざらでもない気もしないが……。
美雪は大丈夫だ。あいつには草太が居るし、悔しいがいい奴だと思う。
でも明智さんはどうしてるんだろ?
俺が死んで悲しいかな。
死体ってどうなるんだ?まさか検死解ぼ……
一瞬怖い考えが浮かんだが何とか打ち消す。
葬式とかどうなるんだろう。
改めて人一人死ぬというのは大変だと思う。
きっと遺体が返ってきたら母ちゃんと父ちゃんが俺の好きだったものを沢山棺に詰め込んで、葬式には人の目なんて気にしないで咽び泣くのだろう。
思い浮かべただけで涙がにじむ。
「ちょっと、ハル遅い!」耐え切れなくなった玲子がカーテンを開ける。
「なっ!急に開けないでよっ」
「あんた何泣いてるの?」
「玲子が泣かせたー」
後ろからひょこりと里香が言う。責めるような視線にたじろぐ玲子が心配そうに顔を覗き込む。
「どっか具合悪いの?そういえば朝からおかしかったもんね」
頭をなでなでされて余計に涙腺が緩みそうになった。
「とりあえずお店出る?どこかで休もう」
里香は取り出したハンカチで春の目元をそっと押さえた。

しっかりちゃっかり会計を済ませ(こういう所、女というのは強いと思い知る)、カラオケボックスに入る。
『密室だし、みんな歌ってるから泣いても大丈夫だよ』
里香も玲子も明らかに気を使っていた。
「で、どうしたのよ」
ソフトドリンクが運ばれてくるとそれを片手に玲子が切り出した。
断じて自分が泣かせたわけではないと片足を組んでふんぞり返る。
あっ、パンツ見えそう(男の性ですすみません)
「ブラジャー似合ってたよ」
見当はずれなことで場を和ませようとする里香。そのカルピスは確信犯ですか?
「ありがとう、実は昨日見た蛍の墓を思い出しちゃって……」
「あーあんた去年も泣いてたよね。それで、本当の理由は?」
誤魔化し失敗。
春は出来るだけ重くならないように言葉を選んで答えた。
「もし、もしもだよ。Ifなこと。
恋人が自分より先に死んじゃったらどう思うかな?」
「「・・・・・・・・・・・え?」」
「恋人って、あんた居たっけ?」
「ハルちゃん男に興味無いって言ってたじゃん、どうしたの急に」
「あーーっと、夢。そう、夢で見たのよ!そういうの」
しどろもどろになりながら答える。
「夢ぇ〜〜?なにそれ」
「ひょっとして七瀬さんのこと?」
びくりと肩が震えた、に、ニアピン!
「ちょっと、あんたと七瀬さん何か繋がりあったっけ?」
「あーーーー多分無い?」
「はっきりしないなぁ」
「それとも金田一君のこと?」
クリティカルヒットです!里香様。
「そう言えばあんた名前が金田一一と同じだったよね」
「それで変な夢見ちゃったの?」
「うう……そうかも」正確には夢じゃないです。
「恋人か。残された人のことだよね。
もし自分を置いていったらか〜悲しいかな」
「そうだね。悲しいね。でもその時にならないと本当の意味では分からないよ」
恋人が実際にいる里香は失った後のことが想像出来ないと言う。
それもそうだ。シュミレーションをどんなに重ねても人の気持ちなんて量れるものではない。
失った後に何が残るか、何が始まるか。その時にならないと分からない。
嘗て一が対峙してきた犯人の中にもそういう者は多かった。
事故だったり、悪意だったりしたが失った後の人生に大きく影を落とす。
しかし復讐というものは何の意味も持たないと一は考えていた。
人として堕ちてはいけない越えてはいけないライン。
明智がそのような愚考に走ることは考えられないが、今どういう気持ちで居るのかどんなに想像しても無意味に思えた。
「人生ってさ、長いじゃん。
長いからゆっくり考えれば良いと思うんだ。
自殺したり、誰かを殺めてしまう人ってさウチの学校にも居たけど。
もっと長い目で考えて焦らずに答えを出せたら違う結末が待っていたんじゃないかと思うだ」
「そうだね。夢の中の誰かもゆっくり考えてくれるといいね」
玲子は春の肩にぽんと頭を乗せた。
反対側では里香が寄り添って微笑んだ。
二人とも薄々何かがあったのではと勘付いてるはずだけど、何も言わずに一緒に居てくれることが何よりも嬉しかった。



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