プロローグ


残暑の残る秋、剣持勇は額に浮かぶ汗を拭い一息ついた。
今年の夏は記録的な猛暑で、節電表示のエアコンが署員を苦しめた。
事後処理の為に訪れていた所轄は外と中の気温の差をそれほど感じなかった。このご時勢仕方の無いことなのだがじっとりと汗を染み込ませたワイシャツがいつもより重く感じる。
復路に重い足を進める、その真横を学校帰りらしき少年少女が他愛もない会話に笑いながら過ぎていく。ぼんやりと見つめながら考えるのはたった一人の少年だった。

重い足取りも、憂鬱な気持ちも決して彼の惰性ではない。
事件に真摯に取り組むあまり妻や子をないがしろにしがちな剣持は刑事という職業に至高のプライドすら持っている。
それに負けず遥かエベレスト、いや天に届かんばかりのプライドを持った美麗の上司。
しかしその上司、明智健悟の輝きはここ半月ほどですっかり褪せてしまっていた。
いつも飛ぶはずの嫌味はなりを潜め、けだるげに伏せられた視線からは辛気臭さがただよっている。
いや、辛気臭い空気はなにも明智だけではない。
課内は勿論のこと警視庁マスコットのように扱われていた金田一一には多くの知人、密かにファンのような人間も多く居た。
快活で夏の青空のような少年、どんな人間にもそのくったくの無い笑顔を惜しみなく振りまいていた、事件が起こるとその慧眼で真実を見つけ多少危ないことも悪運の強さで乗り越えてきたはずの彼はこの夏あっさりとこの世を去った。
通り雨というには激しすぎる豪雨に打たれ、明るすぎる月に照らされすっかり青ざめた顔が剣持の網膜に焼き付いて離れない。

なんとか"日常"に戻ろうという本庁の白々しい空気を思い出し、剣持は再度重々しく溜息を吐いた。


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