09.使い魔ですよね、それ


翌日、美雪と一は揃って本庁を訪れた。
受付でIDを受け取り勝手知ったる庁内を迷うことなく進んでいく。
というのも美雪が顔見知りだから出来る行動なのだが。
しかし、室内に明智の姿も剣持の姿も見当たらなかった。
「七瀬君、ごめん。会議がずれ込んじゃって…」
顔見知りの刑事が申し訳なさそうに言う。
「それじゃドリンクコーナーで待ってるよ、邪魔になるのも悪いし。
美雪、行こう」
「ええ」
「本当にごめんね、来たらすぐに誰か迎えに行かせるから」
人の良い刑事に見送られ二人はフロア内のドリンクコーナーに向かう。
「私、コーラー♪」
妙な節を着けながら自販機を押すと手元に缶が転がり落ちた。
「ZERO?」
「うん・・・・・・・・太りやすいんだ」
これは……だった頃には無い悩みだった。
普通に食っても太る。
「ぜんぜんそんなこと無いと思うけど」
「美雪はスマートだからいいけどー」
上から下まで眺めて重い溜息をついた。
「でもほら、はじめちゃん胸おっきいし」
「こんなの脂肪の塊だよ。
胸いらないから腹の肉もどっか行って欲しい。
だいたい、こいつは近い将来確実に垂れる!」
「うっ……やけに実感篭ってるのね」
勢いに押されたのか美雪は身を引かせた。
気にせず春は続ける。
「あっ、そっか言ってなかったよな」
「?」
「私、25歳のOLの記憶もあるんだ」
「えっ、何それ!?」
「まーそんな感じ。でさ・・・来る25って怖いよ。8年は短いよ」
「恐っ!」
「だから若い頃の行いは大事だよ、基礎化粧は今から使っておいた方がいいよ」
コーラーとなっちゃん片手にこれからの人生について語る女子高生は徒ならぬオーラを撒き散らした。
こころなし他の職員たちが遠巻きになっていく中、ドリンクコーナーの出入り口から妖しげな美貌を携えた刑事が入ってきた。手にはもちろんあの箱だ。
「あら、美雪ちゃん?」
「茅警部、お久しぶりです」
「明智警視待ちかしら?」
「ええ、茅警部は?」
「やっと会議が終わったから休憩に」
自販機を操作する手つきすらどこか卑猥さを秘めていたが出てきたのはアセロラドリンクだった。
春が目線で『なっ?』と訴える。
言いたいことがわかったのか美雪は微妙な顔つきになった。
茅は気にすることなくトレードマーク(?)の箱を撫で付ける。
片手に箱、片手にアセロラで二人の直ぐ傍の席に落ち着く……なんともシュールだ。
フェロモンたっぷりの胸元に抱えられた箱に耳をすますようなしぐさをすると「この子も疲れちゃったみたい」と苦笑い。
それって会議にも持ち込むんだ……思いもよらず二人の心中が一致する。
「七瀬君、あーー金田君。すまない、遅れてしまって」
微妙な空気に気づかずやってきた剣持は春の名前を若干呼びづらそうにしていたが今までと変わらない様子で二人に接した。
「ぜーんぜん、二人でおしゃべりしてたから」
ねーなどと声を揃える二人は昨日よりさらに親しくなった様子だ。
剣持はどこかほっとした様子でそれを見守る。
「それじゃ、茅警部。私たちはこれで……」
「ええ、いってらっしゃい」
剣持の後に続いて退席した春達であったが茅はすかさず言い加えた。

「おかえりなさい、はじめちゃん」





カツカツカツ・・・・カッカッカ・・・・タタタタタ・・・・歩調がだんだんと高速になっていく春に合わせて剣持も美雪も小走りした。
「うあぁああああ!!本当にあの人何モンなんだよっ」
そしてドリンクコーナーから十分に離れた廊下のど真ん中で春が頭を抱えうなり声と共に蹲る。
「ほんと、何者なんだろうな……」
剣持も一気にぐったり。
「うん、もうこうなると色々凄いよね」
妙に感心した様子で美雪は苦笑い。
「つーか箱の中身ナニ!?」
立ち上がるなりまたもややり切れぬ思いを叫ぶ。
今度はゆっくりと歩き出した。
「上のお偉方もあの箱の中身については調べがつかないらしい」
「上って……警察暇すぎるだろ」
「言うな、上ってのは一日暇してるもんだ」
「あーまー頑張れよ、オッサン」
ハハっと乾いた笑みを返すと、そろそろ休みが欲しいとぼやく。
「なぁ、その…それはそうとして明智さんなんだけど……」
極めて言いづらそうに問いかける。
「奴さんはあの調子だ」
「そっか。俺、じゃねえや私のことなんか言ってた?」
「特には言ってなかったが…」
「気にはしていたのね」
先ほどまで黙っていた美雪がすかさず参戦する。
「そういうことだ、凹んでるというより上の空ってのが近い」
「う〜ん、凹んでないんならいいんじゃん?」
「そうね、明智さんが元気なくても私には関係ないし」
「美雪さ〜ん?」
「あら、いやだ。つい本音が」
フフッ♪なんて笑い方がなまじ可愛いだけあってそら恐ろしい。場の空気が一気に下がった。
「私たちに関係なくてもオッサンかわいそうだろ」
「かねた〜〜〜甦ってきて少し優しくなったか?」
「いや、仕事ではさまれてシンドイのわかるからなんか他人事じゃないというか…ってそうだ!」
「何、どうした!?」
「オッサン、私下調べすんのにオッサンの家に行った。
奥さんなんか言ってなかったか?」
「いや、とくに何も?」
「うあ〜…うあ〜…どうしよう」
「?」
「オッサンの昔の知人を装って行ったんだよ」
「そう言えば若い女性が尋ねてきたって…まさか」
「うん、それ私」
「しかし女性…」
「化粧して髪纏めればそれっぽくなるよ、女の顔って恐いんだぜ。
そうだ、綺麗にメイクできたから記念に自撮ったんだ」
携帯電話を取り出し操作する、少しの間を置いてずずいと向けられる画面。
剣持と美雪は揃って覗き込む。
「おお〜〜まごうことなく20代OL」
「すごーい、別人みたい」
「いやいや別人って、怪人二十面相じゃないんだから老け顔の私だよ」
「しかし、化けたな〜」
「うんうん、これなら明智さんと歩いててもロリコンでしょっ引かれることもないかもね」
「美雪さ〜ん;;;;;」
デリケートな問題への触発に反応に困る剣持&涙目のはじめ。
微妙な空気の名残をつれたまま一行はミーティングルームへと到着した。


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