08.X=(少年+乙女)÷2y


告白を聴いたとき不思議に思うとか疑うとか言う気持ちよりも納得の二文字がぴたりと当てはまった。
昔みたいに二人で手を繋いで帰る家路。
大切なものが思わぬ形で戻ってきたことに美雪は綿雲の中を歩いているような心地になった。
「なんか変な感じ。
はじめちゃんなのにはじめちゃんじゃない、でもやっぱりはじめちゃんだなって」
「なんだよ、それ」
「ほら、そういう言い方すると」
ねっと笑いかけられたがイマイチ理解できない。
「あーでも勿体無いな。こうなるって分かってたらお泊りの用意したのに!
せっかく女の子なんだからガールズトークしたいっ」
心底悔しそうにこぶしを握る。あの、美雪さん…微妙に握られた手が痛い。
「やっぱりね。はじめちゃんが居なくなったのはすごく寂しいよ。
でもそれ以上にはじめちゃんと出会えたことが嬉しいな」
「嬉しい?」
「うん、はじめちゃんが死んじゃった後ね。みんなはじめちゃんの話をしたがらなかったんだ。まるで触れちゃいけないものみたいに。でも時々うっかり話題になりそうになると決まって変な沈黙が流れるの。そういう時の皆の視線がね、凄く寂しかった」
「そっか、なんかごめん」
「謝らなくていいよ、悪いのははじめちゃんじゃないし。ううん、きっと誰も悪くないんだね。
私はねこうやってはじめちゃんとはじめちゃんの話ができるのが嬉しいんだよ」
「美雪……俺、私も美雪と友達になれて良かった」
街灯の淡い光の下で美雪の表情が明るく輝くのがはっきりとわかった。
次の角を曲がると彼女の家だ。
「あっ、お父さん」
帰宅が遅くなったのだろう父親が重たげな鞄を片手に門の前に立っていた。
「美雪、遅かったんだな」
「うん、お友達とご飯食べてたの」
「はじめまして、金田春です」
にこりと人好きする笑みを浮かべた春に美雪は噴出しそうになった。
「美雪、なんで笑うんだよ」
「だって〜」
「仲が良いんだな」
「うん、とっても。ね、はじめちゃん」
「はじめ?」
「春って書いてはじめって読むんです。
珍しいし、よく間違えられるのでそのままみんなハルって呼ぶんです」
「そうだったのかい」
驚きはしたものの納得した美雪の父は少し複雑な様子だ。
「ところで君はこの辺りに住んでるのかい?」
「あっ、そうだ。はじめちゃん、どこに住んでるの?」
いつものように二人並んで帰ってきてしまったがまったく別の方向に女の子一人帰らせるのは良くない。
「よかったら車で送っていこう」
「いえ、ほんの近くなんで」
「近くってどのくらい?」
美雪の不安そうな様子に春は困る。
何せ本当のところは隣街なのだ。
駅に戻り、タクシーを拾う気でいたが……バレたら非常に怖い。
「えっと……」
「はじめちゃーーーん?」
「…ちょっと離れてるかなぁ?」
「美雪、あなた。
帰ってきてるの?」
門の前で話していたからだろう。母親までも家から出てきた。
「あら?」
「こんばんは、はじめまして。学校の友人で「金田はじめちゃんよ、お母さん」
今度は先手を打って美雪が紹介する。
「どおやらここから少しばかり離れたところに住んでるらしい」
「お、おじさんっ」
春はわたわたと慌て出す。
「まぁ、美雪を送ってきてくれたのね」
「……はい」
「もう、遠いなら遠いって言えば良かったのに」
「そんなこと言ったって美雪みたいな美少女を夜道で一人歩かせたりなんて出来ないよ」
「あらあら。
明日も休みだし……そうだ、今夜はうちに泊まって行きなさいな」
「そんな、ご迷惑おかけできないです」
「おかあさん、ナイスアイデア!そうするといいわ」
あれよあれよという間に春は七瀬邸への宿泊が決定した。


パジャマに着替えて寝る準備をする。
一だった頃には無いシチュレーションだ。
もぞもぞと居心地悪そうに布団の上に正座した春に美雪は苦笑した。
「笑うにゃ」
「ぷっ、はじめちゃんにゃって…」とうとう大笑いしだした。
「なんか変な感じなんだよな」
「変って?」
「初めてくるけど懐かしいみたいな。
ちょっとくすぐったい」
「確かに、一ちゃんなら泊めたりしなかったわ」
「だっろーーー?」
今度は二人揃って大爆笑。
「明日あるし、もう寝よっか」
「そうね、お休み。はじめちゃん」
しかし電気を消してからしばらくしても二人ともなかなか寝付けない。
「ねーはじめちゃん、起きてる?」
「うん、何?」
少し間が空いてから問いかられた。
「はじめちゃん、明智さんのこと。どうするの?」
「……うーん、わかんないや」
「今でも好き?」
美雪は一と明智が交際していることを知っている数少ない人間の一人だ。
他にも剣持、いつき……フミはいつの間にか感付いていた。小さくても名探偵の孫で女の子。当然と言えば当然なのかもしれない。
「多分、好きだと思う」
事件中はそんなことまで頭が回らなかった。
明日はどんな顔をして会えばいいのだろう。
考えたくない気持ちと追ってしまう心の間で春は揺れる。
「美雪、このことはさ。父ちゃんにも母ちゃんにも内緒な」
「どうして」
理由はなんとなく検討が付いたが問いかける。
「やっぱり家族と他人って違うと思うんだ。
美雪やオッサンはさ、また友達になれるけど。
父ちゃんと母ちゃんはまた家族になろうってわけにはいかないだろ。
そういうの余計に寂しいと思うんだ。
二人にとって金田一一がたった一人の息子だったんだ」
「うん、わかった」
友人同士にしかわからない心の痛み。
親同士にしか判らない喪失感。
他人が口出しすることではなかった。
「で、明智さんはどうするの」
「・・・・・・・むしかえすんだ」
「だって、気になるじゃない!」
がばりと起き上がる美雪。
「あのぅ……美雪さん?」
「だってあの明智さんがあんなに萎んでるんだもん。
なんか気味が悪いというか」
「今、さりげなく酷いこと言ったよね」
「私、一ちゃん取られたの根に持ってるもの」
潔いカミングアウトだった。
「それに今ならはじめちゃん、明智さんと結婚だって小作りだって出来ちゃうのよ!」
「み、美雪さぁ〜〜〜〜ん!?」
ずびし!と指された指先が春の眉間を捉える。
小玉電球の明かりに浮かび上がる形相に腰が引けた。
「前向きに考えようよ。
大事なのははじめちゃんの気持ちなんだから。
私も恋人にはなれなかったけど今回ははじめちゃんの一番の親友になるわ。
だから何かあったら…無くてもちゃんと私を頼ってね」
「うん、その時がきたらよろしく」
「よし!今度こそ寝ましょう」
「「おやすみ」」
美雪は布団にもぐり直し、言いたいことを言ってスッキリしたのか直ぐに寝付いてしまった。
若干遅れてではあるが、頭で考えても仕方ないと結論をだし春も眠りに着く。
久々に賑やかな夜にパリの両親とまだまだ甘えたな兄弟を思い出した。


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