07.憶測にキミの証明証


鮮やか過ぎる推理に在りし日の彼の面影を見た。
論理の組み立て方と言うのは一人ひとりまったく違うものであるはずなのに、その立ち居、振る舞い、論破する口調の全てが彼と重なるのだ。
明智は事後処理の山に追われる日々へと戻った。
彼女が気になる、彼女を知りたいと思えば思うほどそれが彼への裏切りのような気がして仕方なかった。
ささやかな反抗、仕事を黙々とこなすことで脳裏から彼女を追い払おうと打ち込む。
就業時間になり剣持は帰宅準備を始めた。
ここ数日、いつもより早めに帰しているが今日は定時間際からそわそわと落ち着かない様子だった。
何か用事でもあるのだろうか、まあ自分には関係の無いことだろうと今日やらなくていい仕事にまで手を伸ばす。
挨拶をしにきた剣持のもの言いたげ視線に気づかぬ振りをして帰宅を促す。
「ご苦労さまでした」

年下の上司の無茶な働き方はここ1ヶ月以上継続されている。
事件当初は強かった日差しもすっかり成りを潜めた。
夕暮れ時、少し涼しいぐらいに感じる心地の良い風に身を委ねる。
待ち合わせの街頭の下で二人の少女が楽しそうに会話をしてた。
「七瀬君、金田君」
「剣持警部、お疲れ様です」
美雪が率先して手を振る。
本来彼女らの調書は明日の休みを利用して取る予定だった。
事件のことで前もって話したいことがあると春が言いだした為夕食をご馳走するついでに聞くことになったのだ。
もちろん剣持のおごりで。
「お疲れ様、けーぶ」
二人ともデニムにカットソー、軽い羽織物とカジュアルな様相だ。
若さが強調されたせいか剣持と並ぶとよく分からない組み合わせになる。
「ね、私食べたいものあるけどリクエスト可能?」
「かまわんが、あんまり高いものは……」
「大丈夫だって、この格好でドレスコードある店は無理でしょ」
ねーなんて二人でうなずきあっている。
女子高生のノリに若干の寂しさを感じるがあらかじめ財布の心配までされていたのかと思うとちょっと寂しくなった。
相手が万年欠食児童の金田一でないことからどこか近場で洒落た店は無いものかと部所の女性にチェックまで入れていたので肩透かしを食った気分でもある。
歩きながらももっぱらしゃべるのは春と美雪だ。
若干春の方が良く話してるのか。
最近話題の美容法(こんな年から必要だろうか?)、小テストの結果、流行の音楽の話や友人のこと。
本庁からさほど離れていない河川岸へとたどり着く頃には既に薄っすらと暗くなっていた。春はその先を『アレアレ』と指差した。
のんびりとしたリアカー屋台のちょうちんがゆらゆらと揺れている。
赤い光が右に左に。それはラーメン屋台だった。
何件かあるうちの一軒、剣持が金田一を連れて食べに来ていた店だった。
「やっぱり駄目だった?こういう店って夕方からしかしてないし私と美雪だけじゃちょっとね……」
微妙な顔をした剣持に春は首をかしげて問いかけた。
その仕草が二杯目を強請る一とかぶる。
事件のときは気のせいだと思っていた。
でもこの少女はどこか一に似ているのだ。
あの上司もそれを薄々感じているのだろう。苛立たしげに眇められる瞳にどうしようもない郷愁が漂うのを剣持は見逃さなかった。
座る席はいつもの奥まった川すれすれのビニール椅子。
今日は三人なので亭主に頼んで大き目のテーブルを移動させてもらった。
顔見知りの男が少女二人を連れてるのを見て目を丸くしたが口数の少ない好々爺は黙々とラーメンの準備をした。
美雪は味玉追加、春はチャーシューと葱を追加した。そのチョイスまでもが彼を彷彿とさせるもので剣持は背中に小さな緊張を走らせた。
ラーメンを待ちながらもう体調は大丈夫なのか、後遺症とか無いのかと問いかける春。
「体調は大丈夫だ、これでも体が資本の仕事だからな」
「うあー真似できない。私だったら2、3ヶ月グーたらしたいもん」
「ハルちゃんはのんびりしてるからね」
「うん、のんびりするのっていいよ。これからの季節ならオーブンでりんご焼いたりとかサーモスに紅茶大量に作って入れてチョコレートかじりながら本を読んだり。
人生ってお金なくても割りと楽しめるよ。お父さんもお母さんも仕送りの残高がなかなか減らないから心配してるけど」
「仕送り?」
「あれ、言ってなかったっけ。
私一人暮らししてるんだ。
遠く離れてると過保護になるみたい。
でもこの前電話で話したときに弟できたって言ってたから仲良くしてるんだと思うよ」
「弟!それ私聞いてない」
「事件の真っ最中だったし、言いそびれちゃった。多分、名前は秋になると思う」
「ということは間に妹か弟がさらにいるのか」
「ううん、居ないよ。お母さんの名前が奈津美だけど季節とは関係ないし、お父さんは宏だし」
ちょうどラーメンが運ばれててきて会話が中断する。
どこにそんなパワーがあるのかと驚くが亭主はいっぺんに三つのドンブリを運んだ
「「いっただきまーす」」
美雪と春が手を合わせる。同じことをしても女の子がすると花があるというものだ。
何より心配だった美雪にこうして笑い合える友人が出来たことが純粋に嬉しかった。
剣持がラーメンを食べ終わって水で一息つく。
春はどんぶりの底に沈むチャーシューと戯れている。
金田一は先に全部肉を食ってたな。
些細な出来事が蘇りはっとした。思い出になっていくというのはこういうことなのかもしれない。
ふと春が顔をあげた。
「秋はさ、秋って書くけど多分読み方はシュウ。
アキでもあんまり問題ないと思うんだけど向こうの人はシューの方が呼びやすいと思うな」
「向こうの人?」
美雪が1/3ほど残っているどんぶりから顔をあげた。
「うん、うちフランスにあるから」
「「ふ、フランス・・」」偶然か二人の声が揃う。
「そうそう、実は私フランスで生まれ育った。
国籍は選べるみたいだからこっちに越してきて土台作り中。将来的には日本に永住して畳の上で孫10人に囲まれて老衰で死ぬのが目標」
「よくご両親がOKしたな」
「不動高校の理事の一人に知り合いがいるからって。
マンションとか全部その人の管理下。
最初は面倒とか思ったけど干渉してこないし結構快適かな」
ぱくりとチャーシューを口に運ぶ。
美雪は釣られたように残りのラーメンをすすった。
「フランスではさ、私の名前ちょっと発音しずらかったんだ。
だからみんなハルって呼んでて。こっち来てからも先生が読み間違ってそのまま」
「でも初めて会ったときカネタハルって自己紹介したじゃない?」
「私の名前ってお母さんもそう呼ぶからなんかそのまんまでもいっかな〜って。
でも本当の名前が嫌いなわけじゃないよ。
素敵な名前、お父さんから貰ったから」
最後の一枚のチャーシューを口に運ぶタイミングと美雪が残りのラーメンを食べるタイミングがまたしても揃う。
「本当はなんて読むんだ?」何気ない問いだった。
食べるものが無くなったどんぶりの底を箸でぐるぐるとかき混ぜる。
母ちゃんだったらはしたないって怒っただろうな……

「……はじめ。
私の名前ははじめ、かねたはじめだよ」

美雪の手からレンゲが落ちた。
音が聞こえてるのか聞こえていないのか。亭主はこちらを振り向きもしなかった。


「ごめん……」
「ううん、そうだね。言いにくかったね」
美雪と一のことは学内でも有名だった。
優等生の美雪の傍にいっつもくっついてた劣等性の一。なんでこんなにも違う二人が一緒にいるのか一つのミステリーとして語られるくらいには定着してた。
「違うんだ、自分でもまだよく整理出来てないけど。
俺、はじめなんだよ美雪」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。金田君、一体」
「よくわかんないんだ。
撃たれた瞬間までは覚えてるんだけど気づいたらこうなってた。
でもずっと変だと思ってたんだ。
同じ学校に2年近く通っててまったく面識が無いの。
これってなんかおかしくないか?
元々一人だったって考えるのが正しいんだ。
美雪のことだって事件のことだって全部覚えてる。
思い出すって感覚のほうが正しいのかな、ずっと心の隅にあった記憶がある日突然鮮明に蘇る」
春は思い出せるだけの事件の概要を語り出した。
その中には捜査機密上外には漏れない情報からプライベートな思い出話、こと美雪に関しては歴代のバレンタインチョコレートの中身まで並べた。
「非科学的だろ、でもそれしか思いつかないんだ。
それで一人でずっと考えてた。父ちゃんも母ちゃんもどうしてるんだろうって。
明智さんは辛いのかなって、早く忘れてくれたらいいのにって思うのと同じくらいずっと覚えてて欲しいなんてわがままを思うんだ」
どんぶりを抱えたまま春は泣き出しそうになるのを我慢した。
ここで泣くのは卑怯だと。男の風上にも置けないと。きっと剣持も美雪も泣いただろう。沢山泣いて、でも涙をとめて今日まで頑張ってきたはずだ。
美雪の手がそっと春の肩を包んだ。
「信じるよ、はじめちゃん。
随分早く生まれ変わっちゃったんだね」
「はぁーーーーーー…早すぎるだろ、どこがのんびりだ」
剣持はこれ見よがしに大きく溜息を吐いた。
「教訓を生かして最低目標親より長生き…」ぽそりと呟かれる台詞に二人はどっと肩の力を抜いた。



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