渋谷の駅は混んでいた。
平日とはいえ休み中の中高生がわんさか。
キッド効果からかミュージアムもエライことになってた。
すれ違う女子グループも『キッドが〜』という具合で盛り上がっている。
人込みは苦手だけどお祭りムードは嫌いじゃない。
何かのイベント感覚で遊びに来てる子が殆どで、入退場口でブラックスーツの案内係がせわしなく動き回っている。
「混雑につき只今、20分待ちとなっております!
チケットをお持ちの方は入場口には4列になってお並びください!!」
駅前の金券ショップで前売り購入をしていて良かった、入場口手前の券売ブースもロープに沿って多くの人でごった返している。
列が進むのを待っていると高校生とおぼしき二人組みが退場口から出てきた。
(あぁ、あの子だ)
記録にあるよりもずっと成長した少年は年頃の男の子にしては若干細身に感じたがふわふわの猫っ毛は相変わらずのようで大きく身振り手振りをするたびにゆらゆらと揺れる。白いTシャツに紺色のパーカーというラフな格好であるにもかかわらず弾けるような笑顔には花があり、近くの女性の視線をそれとなく集めた。
隣に立つ少女も少年に負けないくらい華奢な体躯をしているためか並んだ姿は枠にはまり、お昼時のカフェからご婦人方が微笑ましげな視線を送った。
二人はあっという間にすれ違いレストランフロアへと続くエスカレーターを上っていく。

展示会場の入り口はピンクやオレンジの薔薇飾りで埋められアールヌーボーを意識したスタンドでは音声端末の貸し出しをしていた。
この人混みの中、長居する気にはなれなかった名前は簡単なパンフレットのみで展示室を見回ることにした。
ローズカットのクラシカルなダイヤモンドアクセサリーやティアラ、大粒のエメラルドがいくつも連なったネックレスなど、目玉の宝石以外にも沢山の種類の珍しいジュエリーがセンス良く並んでいる。

本題のプティマリエは3部屋目の一番目立つ中央に輝いている。
ケースの傍には明らかに人相の悪い、見物客とは違った風貌のオヤジが仏頂面で仁王立ちしている。
何人かそれに気が付き、あからさまな者になると指を刺してくすくす笑いをした。
名前は出来るだけソレを視界から外し、ケースの中の花嫁を観察する。
全ての角度から見れるようにと吊り下げられる形で飾られ、ペンタグル状のケースを人々が食い入るように見ている。
雫状にカッティングされた輝石をぐるりと縁取る金細工がドレープを描きまるで金のドレスを着ているようだ。
世界的な資産家でかつての貴族、ド・ベルジュ家の至宝。
普段はルーブルに展示されているものをだったのだがご子息の学友に日本人が居るという縁から国内展示に至った。
来場者達は何とか近くで見ようと徐々に詰めてくるので見物後に抜ける人も窮屈そうに身をよじっている。
傍に近づけないものの既に疲れが来てしまった名前は足早に人混みを抜けていった。
ミュージアムショップを素通りし、フロア内の本屋へと非難すると空調のおかげか大分気分は向上した。
せっかくなので本をお土産にしよう。
半引きこもりのような生活をしていても大抵の本は手にとって選んでいる。
友人も少なくその殆どがバンドメンバーの為、離脱後の話し相手は担当と本がもっぱらだった。
ペーパーバックの中に自分の書いたものを見つけた名前は顔を顰める。
これも一種の逆輸入になるのだろうか。何のために海外に出してるんだか……
太文字で『道化師シリーズ』と解説が付けられている。

〜和製モリアーティ教授の最新作、貴方はその欲望に抗えるか!?

この店の人はこれを読んだのだろうか、ずいぶん悪趣味なものを推し進めてるな。
復讐者を集い報復の手伝いをすると見せかけてそれとなく自分の目的を達成させる道化師という名の悪意を描いた物語、そこに救いは無い。
いつも警察は実行犯までしか捕まえることができず、道化師がその犯罪を誘発しているという証拠を掴めない。
道化師は確保不能の悪人、そして苗字名前の代弁人でもあった。
何気ない日常の中でも人は他者の死を失墜を望む。
恐らく誰しもが資質を持っていてそれを理性という名の鞘に収めて歩いている。
一度鞘が壊れてしまったら刃の向く先は自分か他者かその両方か。
本気で殺したいと願った名前のもう一つの舞台が道化師シリーズだった。


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