悲しいとか苦しいとかいう感覚が薄れてきたのは何時の日だったか。
名前は人に指摘されることは多々あれどそれをどうにかする気は無かった。
今も自分よりも悲しみを前面に出している快斗にどう接するべきか脳内でせわしなく思索していた。
文屋でありながらこういうときに上手いことが浮かばない。
言葉足りずで誤解を受けることも多くあったゆえ、慎重にならざるえない。

「何で親父のだって言い切れるんだよ」
「自分でもわからないんだけど、この目にね。快斗君が時々写るから。
変な話しだし、科学的な根拠は一切無いけどさ。
他にも他人の考えてることとか、少し鋭くなったかも」
言葉尻でごまかしはしたが他人の行動の範囲、心の揺れというものに元から敏感であった名前がそこに具体性すら見出してしまったのは術後の事だった。
「なんか、あれだな・・・・ブラッ○ジャック?」
大きく肩の力を抜いてため息混じりに言えば名前がくすりと笑った。
「そだねーー私も思った。
ってか、よく知ってるね。君ほんとはいくつよ」
「親父が妙にレトロなもんが好きだったから、全巻揃ってるぜ」
もちろん揃っているのは旧巻の大きめサイズだ。
小さい頃、青子と納戸にこもって読みふけったこともある。
「ひょっとして火の鳥もあったりする?」
「もちろん、ブッダもアトムもリボンの騎士もあるぜ」
むしろ、この世界にT塚ワールドが存在してることに驚きだ。
トレースされたもののイマイチ感覚があわないときギョッとするが、言われてみれば普通に本屋に並んでいた記憶も無くは無い。
快斗が冷めたココアをぐいっと飲み干したのを確認し、いざ切り出した。
「で、どうする?」
「どうするって?」
「つまるところ、スポンサーとして使っていただけるのがありがたいのよね。
残念ながら運動神経も頭脳もチートの君と違って凡人なわけだから。
サポートっていうのは無理だけど資金面や名前くらいは提供できるわよ」
「母さんが決めたことだろ、
別に俺がどうの言うことじゃないし……それに、そういうの俺は嫌だ」
「別に感謝をお金で換算するつもりじゃないのよ。
現実問題、お金が無いってのはかなり厳しいと思う。
それを補う為に何かを犠牲にするならあるもので代用するのも重要なことなんじゃないかしら」
快斗の言いたいことはわかる、まるで好意に対してそれも値段が付けられないものに対する代償として金品を提供するのはマナー違反だ。
それでも自分に提供できるものというのはそれ以外に見当たらないのは必死で、現実というものを考えたとき、『拝借』という形で増えていく小さな罪状から守りたいという譲歩でもあった。
「私には何の価値も無いのは分かってるのよ。出来ることをしたいだけ」
一方、快斗も現状で資金調達というのは課題でもあった。
寺井名義でしている株取引やブルーパロットの手伝いなんかもしていたがこの先、急な出費に耐えうる財力には乏しかった。
きっと快く提供してくれることも名前の様子からは感じ取れたが納得しきれない部分も多く残る。
「信用に足らないのは重々承知の上よ。
あなたの目で安全かどうか見極めてもらえればいいし、
今すぐって話でもない」
駄目かしら?そう問いかけてくる瞳にも一切の曇りは無く、なんだか断っているこっちが段々悪者に見えてきてしまう。
うんうんと唸りながらも答えが出せない。
しかも心なしかほんわかいい香りまでしてきた。
そういえば昼飯、コンビニのパンだったなーーなんて快斗の思考はさほど重要性の薄い考えに逃げ出した。
「あっ、煮詰まっちゃう」
香りに気がついた名前が立ち上がった。
「なんか作ってんの?」
「ロールキャベツ!」
言うなりばたばたと台所に走っていく後姿に先ほどのシリアスさは霧散していた。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -