日が傾いてきたところで名前は筆を止めた。
正確にはキーボードで打ち込んでいたのだが……
ギリギリにならないと書けないという悪癖がここ数日出ていたが調子よく進むペースに思わずにんまりする。
夕飯には少し早いくらいの時間。
だからと言って紅茶を入れたら確実に夜眠れなくなってしまう。
キャビネットの中央に鎮座されたりんごの柄の缶を取り出す。
『白雪姫〜♪』
こんな時のためのハーブティ。
りんごベースにローズヒップやジンジャーを加えたお気に入りのブレンドだ。
お湯を沸かすついでにロールキャベツにも火にかける。
煮込めば煮込んだだけ美味しくなるはず。
ほどなくして沸いたお湯を注ぐと甘い香りが立ち上がる。
こういった物に幸福感とか安心感を求めるようになったのはいつの頃だったろうか。
マグの蓋についた水滴や貝殻の形のティースプーンなど。
決して派手でも贅沢でもないが全部が全部お気に入りというのは中々に自由なんじゃないかと思うのだ。
そんな時間もカップの残量と共に減っていく。
名前は日が暮れる一瞬というのがどうにも苦手だった。

ピンポーン

玄関のチャイムが鳴る。
ざっと予定を振り返っても今日は来客は無かったはずだ。
訝しく思いながらもインターホンを見るとそこには学ラン姿の少年が立っていた。





『はーい、どちら様ですか?』
カメラ付きインターホンから聞こえてきたのはやはり聞き覚えのあるあの声だ。
見えてるはずなのにどちら様はないだろう。快斗は凄くめんどくさくなった。
どうにもこうにもなんかメンドクサイ空気がするのだ。
できるだけ関わらないようにと思っていたものの先日、アイスを(それもパイントを3つ、全部チョコ)貰ってしまったわけで。
というか怪我の治療のお礼もしてないし……、何か俺凄く律儀じゃない?
「あー…と、黒羽快斗です」
『うん、知ってる』
あはははは〜なんて笑い声まで聞こえてきた。
ぱたぱたという足音がやむと割と勢いよくドアが開く。
水色の詰襟ワンピースに白いダブリエ姿はさながら不思議の国の少女だ。
パニエを大量に仕込んでるのかその裾はがっちりと固定されている。
「何かご用?
寺井さんにここのこと聞いたのかな?」
「あっと、いや…その昨日の」
「アイス、もう食べた?美味しかったよね。箱ごといくのが良いと思うわ」
「そうじゃなくて、一応ちゃんと払うべきかと思って」
「別に気にしなくても良かったのに。律儀だね〜」
へらりと笑う名前に快斗は来た事をかなり後悔した。
からかっているわけでもなく本当にこういう性格なのだろう。
「せっかくだしあがってく?
ほら、入った入ったーー」
広々とした玄関へとひっぱり込まれた快斗はその勢いのまま居間へと押しやられる。
つくづく押しの強い人間に弱い自覚があった。
一瞬ゴテゴテと装飾された部屋を思い浮かべたものの、中はモダン家具も入っており機能性を重視した空間が広がっていた。

「ちょっと意外だったかな?」
その様子に気が付いたのか名前は苦笑した。
「埃とかちょっと苦手でね。
出来るだけ片づけがしやすい物を選んでるの」
「へーー、あっあれ!」
「あーR2-D2、可愛いでしょ。ゴミ箱なのよ。
C-3POは気に入ったのがなかなか無くて」
「SW好きなんだ?
ひょっとして昨日の再放送見てた?」
「途中までね。年寄りって早寝だから。
それより何か飲む?
コーヒー、紅茶、ココア、レモンに蜂蜜…色々あるけど」
「じゃあココアで」
興味津々とゴミ箱に視線を戻し快斗は答えた。
やっぱり男の子だからこういうのは好きなんだろうな。
バーンホーテンのココアを棚から出すと二人分の容量で練る。
少しずつ牛乳を加えていくとチョコレート色が淡いブラウンに変わっていく。
「あの、」
「さすがにまだ出来てないよー」
「そうじゃなくて、これお礼にと思って」
差し出された箱にはいかにも洋生菓子在住といった風貌だ。
火を小さくしてそれを受け取ると早速中のチェックをする。
イチゴのレアチーズケーキにイチゴシュー、ドーム型のイチゴムース。
「わぁ、可愛いね〜快斗君どれ食べる?」
「俺も?」
「うん、だって一人で食べても美味しく無いじゃない」
実際に一人暮らしになってから以前にもまして美味しい不味いの区別が付きにくくなっていた。
特に自分で作ったものに対する味の評価がイマイチ判らない。
「私、友達も居ないしさ〜冗談抜きで」
困った顔をすると断りきれなくなった快斗はイチゴムースを選んだ。
ジノリの白いマグ一杯に注がれたココアの脇にはシュガーポット。
「お砂糖、足りなかったらこれ使って。
私あんまり甘いの苦手でね」
一口含む。
「ほんとだ、ぜんぜん甘くない」
「ちょっとは入ってるんだよ」
シュガーポットから角砂糖を3つ放り込むと漸く知った味になる。
「快斗君は甘党?」
「辛いのも好きだししょっぱいのも大丈夫」
「男の子だからだね。
でも調子に乗って食べ過ぎると後キツイよ」
「俺、食ってもあんまり太らないタイプだから」
「いやいや、そういう人が危険なんだよ。
ある日突然太りだして成人病一歩手前ってね。
やせる努力なんてしたことが無いからどうしていいか判らずに肥大してくのよ」
「……やけに具体的な」
「うちの母親と弟がそうだったのよ。
急に太るとやっぱり良くないのよね」
「家族とは住んでないの?」
一瞬ケーキに挿したフォークが止まる。
しまった、変なこと聞いた。

「私、家族も居ないのよね」


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