冷蔵庫から取り出されたのはパイントアイスを小脇にかかえ、快斗はテレビの前に陣取った。
テレビでは何度目の放送になるかわからないSWが始まっている。
新作公開前に地上波で流すのはもはやセオリーだ。
しかし、快斗の思考はというとぼんやりと別のところを彷徨っていた。
以前のキメキメスタイルの時とは違った、少し解れた低めのポニーテールに緩いジャンパー姿の女。
苗字名前に関しては寺井ちゃんが身元の保障をがっちりつけてくれたおかげで何も心配は無い。
彼女が親父とどういう関係であったかは謎だが、あのはちゃめちゃ夫婦の間に入っていける女はまず居ないだろう。
しかし、化粧っけだけじゃない何か別の要因が引っかかっている。
以前はなんとなく胡散臭く感じた笑顔が、その向こうにちらつく影が薄くなっているように感じたのだ。
根っからの奇術師である己が言うのもなんだがこういった予感というのは馬鹿にできない。
今日はなんか調子が悪いなーとか。きっと詳細に突き詰めていけばそれは経験からなる統計に繋がっている。
特に一発勝負の怪盗業に身を沈めてからは痛感していると言ってもいい。


同時刻やはり同じチャンネルの前で名前もパイントアイスをちびちびと食していた。
「私には今、恋人が二人居る。
それはアイスとクリーム」
やだ、私ったらもてもてじゃん!一人暮らしの独り言。軽いノリ突っ込みはご愛嬌だ。
正直なところ快斗と自分が仲良くするべきなのか、名前は深く悩んでいた。
同一化した時点でここは名前の世界でもある。
つまるところ彼という存在が日に日にナマナマしいものとなってきていた。
たとえば今、液晶画面の向こうにいるアナキン。
とても萌える。
浪川がいつ森川に食われるのかとはらはらする。
しかし、認識の反転により第三者目線の勝手な憶測はなんだかイケナイことをしているような、地味な罪悪感に襲われるのだ。
譲りに譲ってきっと青子ちゃんとはラブラブで仲が良いんだろうな〜っという平和的な結末へと思考は進んでいく。
この世界のどこかにいるかもしれない小さな名探偵が幼馴染の蘭ちゃんが大好きなんだろうなっていうのと同じくらい大前提なのだ。

名前は暗くなりがちな思考を振り払うようにテレビ画面を睨み付けたが集中が削がれてしまい仕方なしにスイッチを切った。
たまには早く寝るのも悪くない。
美容にもいいし、電気代もかからない、私ってつくづくエコな女だわ。







眠りに就く限り朝はやってくる。
一人暮らしで不摂生をしていると思われるのも癪なので朝から煮込み料理を始めた。
春キャベツを使ったロールキャベツ。
家族にはつくづく不評だったが沢山の野菜を一度に取れるのが気に入っている。
仕事のスケジュールを確認し、なんとか間に合いそうだとほっと一息つく。
きっとドミーズさんのカレーが良かったんだ。そうに違いない。
勝負時はやはりカレーだ。
自分で作ったカレーよりインスタントのほうがおいしいというのはアレだけど。
どうしてか同じ材料や手順で作ってもカレーというやつは味に触れ幅がでる。
誰でもおいしく作れるなんて嘘だ……
こうやって何事もなく送れる日常に少しの退屈さと幸福感を噛み締める。
今日も一日、私はなんとなく生かされてるんだなって。
伸るか反るかを繰り返してるうちに段々と感覚が麻痺してきたのかもしれない。
イイモノもワルイモノも見すぎたのかもしれない。
でもこの感覚が、経験があるから書き続けてられる。
ペンネームペンネームとしての生命を維持し続けているのはそういった苦い経験だった。

もともと本を読むのが好きだった。
そして何より貧しかった。
友人が当たり前のように引いている20円のカードゲームですら出来ない。
人が当たり前だと思っていることが出来ない自分。
本はタダで読めた。学校で図書館で、ときにはゴミ捨て場からも拾ってきた。
次第に集団から孤立していった。
いつも本を読んでいることで頭がいいとか変な勘違いをされることも多かった。
実際は勉強は苦手だった。
勉強が苦手で貧しくて、綺麗でもない自分の将来なんて大した物にはならないと思っていた。
きっと平凡なサラリーマンとかと結婚して子供の髪を結ってやるような母親になるんじゃないかと想像していた。





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