寺井さんは想像通りの人だった。
優しくて真っ直ぐで、きっと似たような人が集まるのかもしれない。

名前はもの寂しさを感じながらも店を出てからフラフラと歩き出した。
この辺を歩いてる学ランの生徒は恐らく江古田高校の生徒だろう。
いまどきセーラー服といい珍しい。
かくいう自分もブレザーだったためセーラーや学ランといったものにちょっとした憧れもある。
ブレザーというのはなかなか体に合わないととことんみっともない服装なのだ。
既製品であるからにして細かな調節がきかない制服に、三年も経つとどの生徒にも不具合が出てくる。
すれ違う学生たちの明るい笑い声、暖かな日差し。
いつの間にか辿り着いていたのは見覚えの無い小道だった。

「ごきげんよう、あちらの方」
「ごきげんよう、紅の魔女さん」

わりと会うのに時間がかかった。
自身の特異性から考えるともっと早く会っていてもおかしくない人物。
名前がこの世界で本物の魔女と認識しているただ一人の女の子。
漫画で見たような露出過多な衣装じゃないのが残念だ。

「やっぱり美人、綺麗ね」
「……当然ですわ。
貴女は、とても珍しい」
紅子の視線がじっくりと観察するように動く。
「そう、解る人には解るものね。
あんまり嬉しい理由でも喜ばしい理由でもない。
ましてや好きでこうなったわけじゃないわ。
それと、じろじろ見られるの好きじゃないの」
「失礼したわ。
立ち話もなんですし、よろしければ家にいらっしゃらない?」
言うなり紅子は先を歩き出した。
拒否権などないし、とくに困ることもない。
この魔女が意外と初心で可愛い性格をしていることを知っているため名前は何の迷いも無く付いていく。
空間が歪められているのかほんの少し歩いただけでその屋敷は現れた。
大きな鉄製の門が錆びた音をきしませながら開く。
昼間だというのにうっすらと暗く感じる屋敷。ドアの前には腰を折った老人が控えている。
紅子が目で合図するとそそくさと屋敷内に戻っていく。
「お客様を迎える準備をしないとね」
ひとりでに開く扉をくぐりながら名前は屋敷の奥へと誘われた。
壁にかかる絵画、棚にそれとなく置いてある調度品をひとつひとつ記憶の中で照らし合わせていく。
やはり……
名前はその殆どがケルト系、アイルランドの色を濃く踏襲していることに気が付いた。
恐らく系統は東の賢者に近い。
星・蛇・赤。思い当たるキーワード。これだけでも赤魔術というのが自然信仰の一種であることは素人目にも解る。
申し分ない魔力、理解者、環境。
しかし自惚れが台無しにしている。自己評価と客観性の些細な食い違いが勿体無い。
実力を歪める何かが……

「こちらよ」
考えに没頭していた名前は恐らく最深部に近いと思われる部屋へと案内された。
円形状の広々とした室内には小さな暖炉と一組のソファー、低いデスクだけが並んでいた。
「随分と手間をかけさせてしまったみたいね。
七箇所からなる結界に水盆とは……
貴女から見て私はどういう風に写ってるのかしら?」
「悪く思わないで、
用心に越したことはないもの。
貴女が飼っている化け物、それは何?」
入り口のドアが勢いよく閉り、部屋の七隅から炎が上がる。
途切れることの無い光の線がその炎をたどって陣を描いた。
「化け物ね、純粋な乙女の恋心に対して随分なこと」
「乙女と言うには少々お年を召してらっしゃるように見えるわ」
紅子の瞳が挑戦的に煌く。
彼女の高潮感に惹かれてか炎がよりいっそう激しく燃え上がった。
「そうね、これが私の恋心ならなんの問題もないのだけど。
前の私の置き土産ってやつよ。
平たく言えば…」
「呪いね」
「ええ、本当。勘弁して欲しいけど。
魔術の混合による統廃合。
私個人の力ではどうにもならないわ。
はっきり言って貴女にも危害を加えるつもりは無いし、警戒されるようなことをした覚えも無いんだけど」
「ええ、でも貴女には膨大な魔力があるわ。
私はそれが欲しい」
名前は顔をしかめる。
魔力はもともと自分が有しているものではない。
ホグワーツでリリーとして生きていたからこそ有効だった、言わば借り物だ。
作家や歌手として生計を立てていた時点の自分と抑圧された始点の自分が合わさり、現段階の能力として消化しているのとわけが違う。
大元を辿れば一つの存在として有している魔力は潜在物で本来表に出るものではなく輪廻の輪の中でいずれリサイクルされるべきものなのだ。
それを気軽に人にやるということは、即ち魂の寄贈を意味する。
「残念ながら貴女にそれが出来るとは思えないわ。
魂を傷付けるにはそれ相応の対価が必要よ。
貴女に耐えられるようには思えない」
プレッシャーを物ともしない様子の名前に紅子はふわりと微笑んだ。
「なに?」
「確かに貴女の魂は魅力的だけど、私が欲しいのは呪いの方よ。
人を恨むにしろ愛するにしろ、気持ちを強く持つにはエネルギーが必要だもの。
良質のエネルギーを無限に生み続けるなんてとても興味深いわ」
「悪趣味ね。
そこまで言うなら何か方法を知ってるのかしら?」
紅子が自信満々に取り出したのは一組のブレスレットだった。
乳白色の石がランダムに通された華奢なチェーンブレスレットと赤い石が嵌められた細いバンクルは一見すると別々なものに見えるが有する魔力がそれが組であることを感じさせた。
「このブレスレットを通して貴女のエネルギーを私が受け取るのよ」
差し出された乳白色のブレスレットを受け取るべきか否か。
心の葛藤を読んだかのように先を続ける。
「貴女に不自由はさせないわ。
これはお互いにいい話でしょ」
するりと腕を取られ名前は身をよじる。
「知り合ったばかりの人に触られるのも嫌いのよね、私」
「強情ね。
でも、それを貴女が持ってても幸せにはなれないわよ。
……愛されたいんでしょ」
名前は捕まれていない方の手を上げる。
とっさに顔を庇う紅子だったが想像していた痛みは来なかった。
「だめだよ、気軽に愛なんて口にしたら」
紅子の頬をそっと包み込むと詠うように言葉を発する。
「愛は軽くない、痛みを伴う、貴女はまだ子供だからわからない。
でも知ったときにはもう遅い。そういうものなのよ。
知るときは必ず来る。その時に貴女が傷ついたら私は悲しい」
炎を映した瞳が真っ赤に見える。
愛は奪ってはいけない。愛は求めるものではない。
けれどそれを学ぶのはもう少し先になるはずだ。
名前から見て紅子はお嬢さんでしかない。
温室で育てられた真っ赤な薔薇。まだ柔らかな茎は表に出した瞬間たちまちしおれてしまうだろう。
「あげるわ、貴女に必要な物で私に差し出せるものは。
でも、誰かを不幸にするようなものは渡すことはできない。
それは貴女自身も同じよ。貴女が不幸になるようなものを私は譲ることはしないわ」
何処までも優しく言い含める女性の年季の入った眼差しが紅子に厳しく注がれた。
あの日に燃え上がった星、何の変哲も無い小さな明かりが彼女の中で少しずつ形を位置を変えていった。


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