立ち去る女の後ろ姿が徐々に小さくなっていく。
怪盗キッドこと黒羽快斗は呆然とその後ろ姿を見送った。

「坊ちゃま……」
不安げに伺いを立てる寺井。
「大丈夫だって、寺井ちゃん」
「いえ、坊ちゃま。私は名乗った覚えが無いのですが……」
「それでも、嫌な感じはしなかった」
白馬のように闇雲に突っ込んでくるわけでもなく紅子のように粘着するわけでもない。
少し、いやかなり変わっているが心配しているのは見て取れた。
「まっ、ちょっと調べてみるよ。
ついでに寺井ちゃんもな、ひょっとしたら親父の関係者ってこともあるだろ」
「わかりました、この寺井黄之助。名誉挽回もかねてかならずや!」
いや、そこまで気合入れなくてもいいんだけどね。
また会える気がする。
確証の無い予感だが、案外こういうのは当たるものだ。




目立つ格好をしているのが幸いだった。
落ちるところがもろに見えるホテル、公園に着くまでの時間を計算すると簡単に彼女の正体を調べ上げることができた。
「うっそだろ!」
PC画面に出された個人データには自分の予想をはるかに超える年齢が表記されている。
あれで三十路って、詐欺もいいところだ。
暗闇とはいえ肌の質感やあのアグレッシブな木登りはとても三十代の女性の動きではなかった。
苗字名前ね……自分との接点がまるで見出せない。この場合、やはり親父か。
住所は同じ町内。4年前に分譲されたセキュリティマンション。分譲後に直ぐに全室完売したはずなので引っ越したのもその辺りだろう。
でも何故かそれ以上調べる気にはなれない。
それは本人が隠そうとしていないから。
人間の性という物は触れてはいけない物に敏感に反応する。逆に門を大きくあけて『どうぞどうぞ』とされても入る気になれないものだ。
その先に入って"何"があっても全ては自己責任となる。
平たく言うと知っても良い事があるようには思えなかった。
快斗は早々とシャットダウンすると手元に置いてあった読みかけの本、『道化師が渡す夢の梯子』を手に取った。
一方、寺井の方はと言うともう少し突っ込んだところまで調べているところだった。
自分の不注意でかはさておき、不安要素は少ない方が良いに決まっている。
本日、ブルーパロットの扉には『Close』の札がぶら下がっていた。
ホテルのデーターから出版社経由であることがわかりドキリとしたもののマスコミ関係者というわけではないようだ。
作家枠であることは判明したがその先のガードが固い。
住所を見てやはりここ数年に引っ越してきたことがわかるが、盗一との接点を持つには遅すぎる。記憶をたどるが彼女のように目立つ女性が観客の中に居た覚えも無い。
そうなると残る手がかりは戸籍や住所録といった個人情報だ。
寺井はため息をつくと大きく伸びをした。
コーヒーでも煎れて少し休んだ方が良いかも知れない。
さすがにこれ以上は独断で行動するには勝手すぎる。
怪盗業を手伝うようになったからとはいえ人として許されないことにまで手を出すつもりはなかった。
ポットを手に持ち店側にまわる。ちょうど台所のコーヒーメーカー故障中だった。
寺井は店の扉の前でうろうろする人影に気が付いた。


「お留守かな?それとも……」
ふわりと裾の膨らんだベージュのストライプワンピースに身を包んだ名前はその扉の前でがっくりと肩を降ろした。
確かコミックスでは敷居の低いお店のイメージがあったから。
あわよくば小さい頃から密かにやってみたいと思っていたビリヤードに挑戦できるのではと期待を込めて出動していた。
念の為にお店のドアを覗き込んでみるも人気はまったく無し。
「つまんない、つまんない、つまんないーー」
凄くがっかりした、ものすごくしょんぼりだよ!とぶちぶち文句たれるも聞いている人は居ない。
そう言えばここって自宅兼用だっけ?
ふと視線を横にずらすとブザーボタン。しかしいざ見つけるとちょっと押すのを戸惑う。
ひょっとしたら電池切れとかで鳴らないかもしれない。
うん、こういうのって多いよね電池切れ。
あーーでも気になる。
むしろ黒羽快斗本人の家に行かないのには理由があった。
正直会いにくいのだ、千影夫人に。
視力がわずかでもあるのは夫人の機転が利いたから。
しかしどんな顔をして会えばいいのか、名前にはその心の整理はまだついていなかったし、こちらの事情を全て話すには快斗少年に余りにも酷なように感じた。
それでも協力したいと思っているのも真実で、それには自分が無害である主張はかかせない。
一番"彼ら"が信用している寺井氏に話を通すのがいい。
そう腹を決めてやってきたというのに。
返せ!私の覚悟を!!と八つ当たり気味にやさくれてしまうのは仕方なかった。
ええい、押してしまえ自分。ブザーというのはそもそも押すためにある。
小さなピンポンブザーをじっと睨み付けいざ尋常にしょうぶ・・・

指を伸ばしたその瞬間待ちわびていたドアは開いた。
「あの、こちらで何を?」
「ふは、寺井さんだ。
すみませんこんな格好で。
花粉症なだけで別に怪しいものではないんですよ、このサングラスも花粉ファイターって書いてあるでしょ」
名前はだんだんと早口になりながらもサングラスにマスクという格好の言い訳をはじめた。
寺井はというとその怪しさ満点ながらも必死に説明しようとする姿に今まで疑惑を浮かべていたことを少し馬鹿らしく思った。
「花粉症でしたら外はお辛いでしょう、どうぞ中へ。
ちょうどコーヒーを入れようと思っていたところなんです」
「え、いいんですか?
なんか今日休みみたいな札がかかってたので」
「お気になさらずに」
老人の人好きする笑みに名前は無事ブルーパロットへの入場を果たした。



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