闇にまぎれるように名前は走る。
ふわふわのシフォンドレスの裾が風になびき、足に絡む。
ショールで巻かれた首元から頬はすっかり青ざめていた。
夜の公園は静寂に包まれ、物陰は不気味に揺らめいた。
キョロキョロと辺りを見回すが目的のものが見当たらない。

その光景を見た瞬間、彼女は小さな非常用ポーチを引っ掴み部屋から飛び出していた。
怪盗キッドのグライダーは風の流れのままに飛行していた。
しかし繁華街側にさしかかる寸前、バランスを崩しそのまま視界から消えた。
意図的に落ちたのだとしても無傷では済まされないはずだ。
また、その落ちた理由も気になる。
可能性として一番高いのはやはり例の組織の人間絡み。
キッド=黒羽快斗が成立してしまったらやっかいだ。
それ以前にこうして探しに来て鉢合わせるのも極力遠慮願いたい。
名前は自分が非力でセコイ性格をしているというのを十代のときから痛感していた。
『倒せそうに無い敵は背後から一撃でやる』が鉄則。
報復が怖いなら二度と報復できなくなるまでやる。
非力な人間と言うのはときにとんでもないくらいえげつない手段に出れる。
何故ならそういう人種にとって負けとは死に直結するのだ。
やり直しというのは強い人間にしかできない。
弱い人間は何度も同じことを繰り返して朽ちてく。
もしここでそういうのと鉢合わせたら確実一撃必殺を要するに違いない。
広い敷地内の物陰を重点的に探る。
なかなか見つからずふと視線を上げると白い布が木の隙間ではためいた。
キッドのマント?
恐る恐る近づいていく。
万が一に備えて握り締めた携帯、持つ手に力がこもる。掌にじんわりと汗が浮いていく。
木に引っかかっているのはマントとグライダーの一部だった。
慌てて木の周辺をペンライトで照らすと植え込みの間にすっぽりと白い塊が収まっていた。
「なんというか、見事ね」
余りにもな姿にすっかり緊張感が失せた。
怪盗キッドは茂みに嵌まり込んでいた。黙っていれば朝まで隠れていられそうなくらい綺麗に。
一見すると酔っ払い?
恐らく木をクッションにして着地をしたものの枝のしなりが良すぎて吹っ飛んだのだろう。
ライトを木に向けると何本か折れた小枝、小枝を支えている大枝は亀裂が入ってしまっている。
おそるおそる白い塊に近づく。手にはその辺に落ちていた長めの枝を持って。
枝の先でついついとつつくが反応は無い。
もう少し寄って手で直接つつく。まだ反応は無い。
呼吸も正常、右腕が赤く染まっていることに顔をしかめる。
利き腕に何てことをしてくれる。
落ちたときに頭をぶつけたのか瞼は硬く閉じられたままだ。
応急処置の為に消毒と包帯を取り出すと患部の衣服を鋏で切り裂いた。
出血は既に止まっている。消毒薬をしみこませたガーゼで傷口を拭うとわずかに反応を示した。
「っつ、……ここは…」
「植木の間ね」
聞き覚えの無い声にキッドは身を跳ね上がらせる。
急に動いせいでぐらりと視界がゆがむ、思っていたよりダメージを受けてしまったようだ。
その間も名前は黙々と傷の手当をする。
「あの、お嬢さん?」
ブッフ!うっかり名前はフイタ。
お嬢さんの適齢がいくつか分からないが残念ながら自分はそんな年ではない。
包帯を巻く手が小刻みに震える。
困ったのはキッドだった。
目覚めれば真っ白な女の子が自分の怪我の手当てをしていて、いつもなら頬を染めて恥らうはずの相手が笑いに堪えてる、いや既に笑ってた。
初めてのパターンだ。
包帯をしっかりと留めると名前はにこやかに言った。

「はじめまして魔術師さん、私は魔女よ」


『また魔女かよ!』


怪盗は心の中で盛大に突っ込んだ。


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