白く浮かび上がる月。
静寂な彼女とは裏腹にミュージアムは喧騒に包まれた。

「やつだ、キッドを捕まえろーーー!!」
交わされる怒声、制服姿の警官が出された指示の方向に一斉に流れ込んだ。
怒声が立ち去るのとは逆に走る人影、無人となった展示会場。

「毎回毎回よく引っかかってくれるよなー」
よっこらせ、とケースを持ち上げると中から蓮の花嫁が微笑みかけた。
簡単なミラートリック。
六面からなるガラスケースの構造を利用しあたかもそこに宝石が無いかのように見せた。
まんまとそこに無いと思った警部が大騒ぎし警官隊と共にダミーを追っかけて行った所で回収。
今日も楽勝だなーと思いきや戻ってくる足音。
「キッドーーー!!必ず戻ってくると思っていたぞ」
革靴ブレーキをかけながらなだれ込んできたのは中森警部。
「今日と言う今日はお縄にかけてやる!」
鼻息荒く凄むが既に息切れしている。
「警部、お年を考えた方がよろしいのでは?」
「うるさい、キッド!
よ・け・い・な、お世話だーーー!」
『うげっ』
こともあろうか地引網が勢いよく投下される。
勘弁してくれよ……ポーカーフェイスの下は呆れの境地。
アレの匂いがしないところを見ると新品のようだけど、
もしアレを引き上げたものだったらこんなに冷静さを保てないだろう。
素早く網を潜り抜けると煙幕を張る。
脳内の地図で適切なルート検索をし、真っ直ぐと職員エレベーターで屋上を目指した。
中森警部は今頃ダミー人形と格闘中のはずだ。


予定を変更しグライダーで飛び立つ。
春とはいえ夜間は冷える。
できればジイちゃんの車でぬくぬくと帰りたかった。
飛び立ったことには気づかれていないようで赤色灯はミュージアムを囲んだまま動こうとしない。
今度こそ巻いたと核心し、車の移動を手配した。
『ジイちゃん、ちょっと手違いがあって
大丈夫だって。
ちゃんと巻いてきたから。
車なんだけど目黒方面で合流よろしく』

言いたい事だけ言って切られた無線に寺井黄之助はほっと息を吐く。
無事なら何よりだが先代以上にひやりとさせられることも多い。
最近では妙な輩が現場をうろついていると言うしもし、もし快斗ぼっちゃまに何かがあったら!と毎度のことながら神経をすり減らしている。
指示通りに風速を見ながら車を目黒方面へと進めていく。
ある程度予測を立てて先回りするのも大事な役目なのだ。



名前は見ていたテレビを消すとルームサービスでコーヒーを頼んだ。
出版社に"お願い"してとってもらったホテルの一室。
コーヒーの到着を待つ間、改めてキッドの犯行暦をピックアップした。
初代キッドの犯行はやはり8年前でストップしている。
黒羽盗一氏はマジックショーのさなか火薬の量を間違えて自爆という扱いも想定内だった。
実は生きてました!やったね!!ということはまず無い。
名前はそれが一番理想的で一番ありえないことだと深く理解していた。
才気溢れる東洋の魔術師、よき夫にしてよき父であり白き罪人の系譜。
偶然的に居合わせた千影夫人からドナー提供の申し入れがあったのはまさに奇跡としか言いようが無かった。
医者も押し切られるように検査をし、傷口がふさがらないうちに早々に手術が完了。
退院する頃には夫人は病院から立ち去っていたし、ドナー情報は国内で出回ることはありえない。
その時は知りえなかったどこの誰かも知らない方の命のバトン。
傷ついてぼろぼろになりながらも当時の名前にとってそれは小さな光だった。
ときにその光は自分を苦しめたが彼の無念を思うとどうしても責めることは出来ない。
少しでも何かの力になれればと、たとえキッドのサポートが出来ずともいずれマジシャンとして世に羽ばたくであろう小さな白い鳥のスポンサーとして出資するという手段もある。
資料の中で気になることは黒羽快斗の年齢とキッドになった時期だ。
記憶が正しければ二代目キッドは高校2年生だったたずだ。
この世界のキッドは1年次から既に活動を開始ている。
したがってブルーバースデーが盗まれたのも去年で真相を知ったのもその時だと予測された。
小さな名探偵が存在するかにもよるが、工藤新一の初めての事件が夏頃と逆算すると全てのエピソードを入れるにはスターウォーズかサザエさん現象を巻き起こすしか無いだろう。
何より忘れてはいけないのはキッドにはタイムリミットが存在する。
ボレー彗星が到達すると見込まれているのは今年2014年の万聖節。
名前は何も無い空間に向かって『正直猶予ってあるの?』と思わず問いかけた。

頭をかかえて唸っているとチャイムの音が響いた。
ルームサービスで頼んでいたコーヒーが届いたようだ。
無茶振りしてマカロンとかありますか?なんて聞いてみたがやはり無く、届いたコーヒーに添えられたのはチョコレートをはさんだビスケット。
面倒な体質ゆえ、日ごろから鍛えている名前は少し食べたところで体のラインには変化が出ない。
もちろんサバトがごとく暴食してたらあっという間に百貫デブ間違いなしだが。
そういえば昔『でーぶでぶ百貫デブ車にひかれてぺっちゃんこ♪』って歌があったわね。
ビスケットを口に銜え、でーぶでぶと鼻歌まじりに窓辺に寄りかかる。
双眼鏡をのぞきこむが異常無し。
グライダーの風向きから恐らくこっち方面に流れてくるんじゃないか?
むしろ流れてきたらラッキーぐらいの軽い気持ちだった。




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