「ねぇ、快斗。今日ひま?」
その日、中森青子は近所のおばさまから頂いた閲覧チケットを消化すべく幼馴染を誘った。
本当なら恵子と女の子同士で洋服を見たり、ガールズトークに花を咲かせる予定だったのだが長期休みを利用して田舎のおじいちゃんの様子を見に行くと話していたのを思い出し断念した。
幼馴染は二つ返事でOKを出したものの会場には多くのキッドファンが訪れていて青子のテンションはみるみる落ちていった。

『キッド反たーい!』と今にも大声で叫びだしそうな青子に幼馴染の少年こと黒羽快斗はほんの少し申し訳ない気持ちになった。
しかし、この少女の最大の長所は気分の下降も早ければ上昇も早いことだ。
展示が進むにつれ機嫌がなおっていくのがそれはもう手に取るように分かる。
青子の好きなジュエリーはド派手にギラギラしているようなものよりも素朴なカットが施されたアンティーク物。
いつまでもくよくよしない、それでいて明るく振舞う青子に快斗はいけないと思いつつもついついちょっかいを出したくなる。
「感性がおこちゃまなんだよなー青子は」
「何よ、快斗だっておこちゃまでしょ
こんなに素敵な物の良さが分かるとは思えないけどー」
にまにまとショーケースを指差して笑う青子に怪盗キッドが宝石の良し悪し分からないわけ無いだろと思うものの口に出来ない悔しさ。
「どーせ一番良いのは明日キッドに持ってかれちまうんだろーよ」
「お父さんが守ってるんだからそんなことはさせませんーーイーっだ!」
からかい過ぎると頬を膨らまして憤慨する。
応酬の最後は決まってこうだ。
「もーーー、快斗はちょっとマジックが出来るからってキッドキッドって」
出口でもうっかりかましてしまい周囲からの迷惑げな視線を感じる。
いつもなら大して気にならないはずの視線の一つ、
真っ直ぐと向けられた気配が気になって一瞬だけ振り返る。
ベージュのドレスコート後姿、見たことの無い長い髪の女性だった。



「それでね、お父さんがね」
青子の話は大好きな父親の話から最近見たテレビ、近所の猫や商店街の噂話など平和的で話題も尽きない。
今は公開目前の映画についてだ。
「来週休みが取れたら一緒に見に行くの」
高校生にもなって親と映画と言うのもどうだろう。
快斗は青子の何気ない父親の話が好きなので気にせずに会話を進める。
「へー、俺はむしろそのあとのスターウォーズEp3の3Dの方が気になるけどな」
「じゃあ、それは青子と見に行こうね」
「おう」
何気なく交わされている会話に、真隣で同僚と平日昼ランチを食べる独り者OLが悔しげに歯軋りしている。
二人にとって、そしてそのクラスメイトにとってごくごく普通の風景、本人たちにまったくその自覚は無いがそれは中睦ましい恋人どうしの会話にしか聞こえない。
デザートを食べるかメニューを開いて悩んでいたら空がうっすらと曇りだした。
「大変、青子お洗濯物干しっぱなしだよ」
「じゃあ、今日は買い物やめて早めに帰るか」
「うん、ごめんねせっかく付き合ってもらったのに」
「しゃーねーよ、あっでも本屋寄って良いか?」
「その位なら大丈夫だよ。私も欲しい雑誌あるからちょうど良いし」
「確か併設されているカフェにケーキあったよな、テイクアウトして家で食おうぜ」


展示会場は自分たちが来たときよりもずっと混んでいた。
カフェコーナーは満員でテラス側は女性グループが占領し、カウンターには初老の男性や昼休み中のサラリーマン、外国人カップルで埋まっていた。
ケーキが残ってないかもしれないという嫌な予感がした快斗は青子の手を引いて真っ先にチルドケースへと歩みを進める。
「ほら、早くしねーと無くなっちまうぞ」
「ちょっと、もう引っ張らないでよー」
幸いまだ数種類のケーキが残っていて、青子は苺の乗ったチーズケーキをチョイスし快斗は幾重にもスポンジが重ねられたチョコレートケーキを注文した。
ケーキが箱に詰められていく様を見つめていた青子だったが会計の声で我に返るとあわてて財布を出した。
「いいって、俺が出すよ」
「だめだよ、快斗。こういうのはちゃんとしないと」
快斗からしてみれば憎からず思っている相手にちょっと良い所を見せてやりたいところだったが天然娘には通用しなかった。
むっとしたもののケーキを受け取る横顔が楽しそうで不機嫌になるのも馬鹿らしくなった。




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -