ビューティーフルワールド
(東堂視点)
俺の良き好敵手である巻ちゃんには幼なじみであり、親友でもある唐沢冬樹という男がいる。
唐沢は陸上部に所属しているらしく部活のある日には見かけないが、大会が休みの日と重なるとたまに会場に現れては巻ちゃんに付きまとう。
それだけならまあ一言言うだけで許してやらなくもなかったがそれだけではない。
唐沢は容姿も良いのだ。
俺と女子人気を二分していくほどに。
俺のファンでさえ、唐沢が現れると視線を一瞬、ほんの一瞬だがそちらへやる。
だから初めて会ったときに俺は宣言した。
「美しいのはこの東堂尽八だ!」と。
すると唐沢は不振人物を見るように俺を見て、横にいた巻ちゃんに右手でおれを指さし左手で口元を覆い巻ちゃんの耳元へと囁いた。
「巻島、彼はだれ?知り合い?」
「知り合い未満他人以下ショ」
巻ちゃんも唐沢の耳元へと囁き返していた。が、丸聞こえだ。
だが、空気を読んで聞こえなかったことにしてやろう。
なんたって俺は空気も読める美形だからな!
「えっと東堂さんですよね」
「ああ、そうだ。眠れる森の美形(スリーピング・ビューティー)とも呼ばれている」
「自称だけどな」
「巻ちゃあああん!!」
「うるせぇっショ」
巻ちゃんにまるで俺以外そう呼んでいないように言われ思わず非難すると巻ちゃんは眉をしかめた。
ひどいぞ巻ちゃん!
そんな俺たちのやりとりを見て唐沢は目を点にしていたが、すぐに楽しそうに笑顔を作ると。
「東堂さんって楽しい人だね」
と言った。
そんな微笑ましそうな、優しさしか感じない唐沢の笑みに俺はなんだか心臓の鼓動が早くなった気がした。
「当たり前だ。俺はトークも切れる美形だからな」
心臓の音を無視して答えると、唐沢はまた楽しそうにのどを鳴らした。
それが、俺と唐沢の初対面だった。
だがやりとりで唐沢は良い奴だということは分かったが、やはり唐沢がモテることは気にいらない。
なので俺はそれから唐沢を見かける度に宣戦布告をしたしアドレスや電話番号を手に入れた。(SNSなどはやらないそうだ)
電話は巻ちゃんと比べたら少ないものだが、時々かけても唐沢は面倒くさがらずに心良く俺の話を聞いた。
まったくできた男だ。
俺の方ができる美形だがな!
そんなある日。
自転車の大会が終わってから唐沢と一緒にいる巻ちゃんを見つけたので俺は思わず口角を上げ後ろから声をかけようとすると
「でな、柚希ちゃんがなかなかデートに誘われてくれないんだよ。どうしてだろうな。いろいろ努力しているのに」
唐沢が巻ちゃんに話していることを聞いて俺は思わず手を引っ込めた。
ユズキ?デート?
何の話だ?
「貢ぎすぎて引かれてんだろ」
「いや、さすがにそれはないって。まあたぶん俺の技術が足りないせいだろうけど。はあ、寝不足になりながらもがんばっているのに」
「・・・馬鹿っショ」
巻ちゃんがあきれたようにこぼした言葉に唐沢はいつものように人のよさそうな困った笑みを向ける。
どうやら、唐沢は柚希という女性を好いているがうまくはいっていないらしい。
だが肉体・・・関係はあるのか。
そう思うと俺の心臓が大きくドクンと音を鳴らした。
おかしい。
なぜ俺はこんなに胸が痛いのだ。
唐沢が誰と付き合っていたとしてもかまわないではないか。
なぜ。
「あれ?東堂?」
俺が話しかけられずにいると唐沢は後ろを振り向き、俺に気がついた。
そして、俺の顔を見て焦った顔をする。
「え、大丈夫?顔色悪いよ。体冷やしたんじゃないか、医務室へ行くか?一緒にいくよ」
俺の顔色はそれほど良くないらしい。
唐沢は心配そうに言って、すぐに自分の着ていた上着を脱ぎおれにかけようとした手を、俺は振り払った。
「東堂?」
手を振り払われ驚いた顔をする唐沢を俺は無視して唐沢から逃げるように走った。
おかしいおかしいおかしい。
こんな感情になるなんておかしい。
柚希という女性がどんな人なのか知らないが、恨めしくも嫉妬をしてしまうなんて。
俺はおかしい。
人混みを駆け抜けて、誰もいない建物の裏へと入り、俺は崩れるようにしゃがみ込んだ。
男でありながらあんな態度をとるなど俺としたことが情けないが、どうにもならなかった。
・・・唐沢にはどう思われただろうか。
手を振り払ってしまったのだから嫌われたのかもしれない。
柚希という女性もあのように上着をかけられたりするのだろうか。
ああ、だめだ。
想像しただけで胸が苦しい。
「東堂!!」
「唐沢、どうして、ここに」
俺が膝を抱えると唐沢は息を乱しながらも俺を見つけて近寄ってきた。
「途中、人混みで見失って、探した。なにがあったんだ東堂。俺は何かしたか?」
「なにも、していない」
俺は反射的に答えた。
唐沢は何もしていない。
問題があるのは俺の方だ。
「それなら良かった」
唐沢は俺を非難することなく微笑むと今度こそ体冷やすからと自分の上着を俺にかけて「隣いい?」と尋ねてきたので俺がうなずくと俺の隣へと座った。
何か聞かれるかと俺は構えたが、いくら待っても唐沢は何も言わなかった。
それにまた俺は不安になる。
「柚希という女性は誰だ」
気になっていたことを俺は尋ねた。
なんと思われようと今の俺にとって一番知りたいことだった。
すると唐沢はきょとんとした顔をすると、途端に顔を赤く染めた。
その様子に俺はまた胸がジクリと痛んだ。
「えっ、聞こえていたの。あっ、あーあ。それで」
唐沢は顔を真っ赤にしたままガリガリと頭を掻いた。
普段は気の優しい様子の彼が初めてみせた乱暴な動作だった。こんな年相応の動作もするのだなと思った。
「柚希っていうのは。あーと、そうかだから俺にひいたのか。東堂は嫌いそうだしな」
「はあ?何を言っている?」
俺がひいたり嫌いというのはどういうことだと不思議に思って尋ねれば、唐沢の方も首を傾げた。
「えっ、美少女ゲームの話だけど。」
「美少女・・・ゲーム?」
「え?もしかして知らない・・・藪へびだったのか。てっきり俺がそんなゲームをする奴だと思って東堂が嫌悪感を感じたのかと思ったけど」
困ったような、そんなゲームなどやらなそうな顔で唐沢は言う。
だがどうやら、柚希というのはその、なんだ。美少女ゲーム内の人物だということに俺は合点がいった。
俺が嫉妬していたのはゲームの人物だった訳だ。
非常にややこしい。
俺は内心脱力した。
「唐沢は彼女はいないのか」
「へ?いないな。今はこの通りゲームが恋人だしな」
唐沢は隠していたかったようだが開き直ったようであっさりと答えた。
こんなに容姿がいいのにもったいない奴だ。
「そういう東堂は彼女いるの?」
「俺はファンたちの皆の美形だからな。まだそのようなものを作るつもりはない!」
唐沢にそのような存在がいないと安心して、いつものように胸を張り唐沢へ答えれば。
唐沢は「そうか、良かった」と少しだけ違和感を感じる返事をしたが、唐沢が俺を見つめる俺だけの優しい笑みに俺はどうでも良くなった。