雅1

とある咸陽の満月の晩。
自分の屋敷の自室へと入った昌平君が見たものは寝台に座り月夜に照らされるまだ幼さの残る女性であった。

「やあ、遅かったね昌平君殿」

「・・・」

「返事がないなんて酷いなあ。今日もがんばって忍んできたのに」

彼女の名前は夏芽。昌文君の娘の一人であり、女ながらに万を従える将軍である。
そんな彼女はよく昌平君の屋敷の部屋へと忍び込んできては他愛のない話や害のない程度の軍事に関する話を昌平君へ話す。
変わった女だとは思いはしても、とくに危害を加えてくることはない彼女に昌平君もいい加減諦めていた。

「あなたはどこから入ってくるのだ。警備も増やしたはずだが」

「その警備をかいくぐって会いにくるなんて愛があるだろう。・・・あ、これダジャレじゃないぞ!」

会いと愛がかかっていることに気がつき訂正してくるが昌平君としては正直どうでもいい。
しかも彼女は質問に答えていない。

とはいえ、ちゃんとした返事がもらえないということは何度も経験済みのことなので期待もしていなかったが。

「・・・。これはいくらでも私の寝首をかけるという私への脅しか?」

「本当につれないなあ。ただ私は純粋に昌平君殿のことが好きなだけなのに」

「・・・」

「分かっていますよ。私は好きだけど、貴殿は違うのでしょう?そもそもお父様と実質敵対勢力だから一緒になることなんてできないしね」

「・・・できない訳ではないだろう。望むのなら私は婚姻を交わしても構わぬ」

昌平君はあっさりと婚姻を許可したが、夏芽はそれが昌文君の娘としての戦略だけだからということは分かっていた。
本当ならうれしいことなのに。頷くことはできない。

「そうしたら私はそちら側につくことになってしまう。お父様たちと違えることはできない。私は将としても優秀だから私が今いなくなるのは家族にとって痛手だ。だから我慢してこう逢瀬をしているの」

「私を好いているのなら家族を捨てればいいことだ。そんな覚悟もなしに愛を告げ誘惑しようとするなど、ただ私をそちらへと引き入れる為の策としか思えぬ」

「はっはっは。そうかもね」

「否定はしないのか」

「してもしなくても信じはしないでしょ?でも本当に私はあなたのことが好きなんだよね。だから本当はこちら側に来なければ殺すとか脅した方が早いんだろうけど。そんなことはできない」

「・・・ここへ忍び込んだあなたなら敵対する者を消すこともできるだろうに」

「できないよ、さすがに。みんなが昌平君殿のように隙を残していてくれる訳じゃないからね」

厳重に見えてもなぜか穴がある。
ネズミ一匹入れないような警護だってできるだろうに昌平君は隙を与えてくれる。

「最初はわざと忍び込ませて、来たところをザクっだと思ったけど、まだ殺されていないし。もしかしたら昌平君も同じ気持ちなのかなって」

「そんなことがある訳がないだろう」

「ですよね〜。残念だ」


はははと笑って夏芽は立ち上がり窓へと足をかけた。今日はもう帰るようだ。
夏芽は昌平君へ満月を背負い微笑んだ。

今日は満月なので見つかりやすい。
だがだからこそ満月に忍び込む可能性の低いと思われているところに隙があるのでそれを狙って夏芽はいつも満月に来る。



「昌平君殿。本当に私はあなたを愛していた」

いつもならただ愛を告げて去っていく夏芽だが。

この日ははじめて過去形で伝え、夏芽は窓から逃げるように去っていった。
昌平君は違和感を覚え追いかけるように窓辺へと寄り、見えなくなった夏芽を目で探したがもうその姿はない。



それ以来、満月になっても夏芽が昌平君の屋敷に現れることはなかった。






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