よみねずみ5
(コラソン視点)
何度アキへ外へ出てローに会いたいと懇願しただろうか。
だが何度頼もうにもアキは悲しそうな顔をして首を縦に振ってくれることはなかった。
だがこのままではいけない。
いい加減あきらめてアキから嫌われた方がいいのだろうか。
その方法を取るしかできないのか。
考えただけで罪悪感を覚えてしまうが1人きりで逃げることとなったローが、心配だ。
アキを傷つけないことを諦める考えを抱き始めたある日。
アキは家のソファーへ座っていたおれの後ろからネズミの姿から元に戻ったのか突然現れ、おれの首へと腕を巻き付け抱きしめてきた。
桟橋での出来事からアキがどうしてネズミの姿になれるのかは結局よく分かっていない。
悪魔の実の能力者なのに泳げるイレギュラーなど聞いたこともない。
だからミンク族のようなものなのかとも思ったが、ミンク族は人の姿へ変化することができるとなど聞いたことはないし。
アキへそもそも悪魔の実を食べたことがあるのかおれは聞いてみたがアキは「覚えていない」と答えた。覚えていないのにどうして能力者だと思ったのかと聞くと、「人から悪魔の実の能力者だと言われたから」だそうだ。
まったくアキは知れば知るほど分からなくなる。
ミンク族や魚人や巨人といった種族のように海軍にも知られていないそういった種族なのだろうか。この島の人はアキのようにネズミにならないそうだからもし種族だとしたらアキの種族は1人だけなのだろうか。
知れば外へ出る手助けになるのかとも思ったが、アキ自身が分からないのにこれでは進展は見込めないだろう。
それに、これ以上知るほどまた罪悪感が生まれる気がしたのでおれは考えるのを止めた。
おれは抱きしめられたので驚いて後ろを見ようとすると、アキは拒否するように腕の力を込めたので確認することができない。
わざとそうしているのだろう。
今まで、抱きついてくることは何度もあったがいつもと雰囲気の違うアキの様子におれは戸惑った。
「ねえ、コラソン。コラソンは島の外に行きたいの?」
聞こえてきた声はとても平坦なものだった。
そのせいでずっと懇願していたはずのアキの質問におれは返事を迷う。
答えを言うには心が痛かった。
だけど、その答え以外おれは言わないわけにはいかない。
「ああ。外に連れていってくれねェか?ローに一目会うだけで構わねェから」
「コラソンコラソン」
いつもは楽しそうに呼ぶおれの名前を今は悲しそうな声色でアキは呼ぶ。
「なんだ?」
「コラソンはおれのこと嫌い?」
次に尋ねられた質問にゴクリ、とおれは息をのんだ。
もし、ここで嫌いと答えれば外へ行かせてくれるのだろうか?
嫌いと、答えるべきだろう。
おれにはそうする責任がある。
だが。
「・・・嫌いじゃ、ねェよ」
嫌いだと言うことはできなかった。
後ろは振り向けないが、肯定すればアキがどんな表情をするのか想像ができる。
すまない、ロー。
おれは今は化粧のない唇を噛み内心ローへと謝罪した。
おれは、ローと二人で身を隠すという約束を違えてしまった。
すべておれの責任だ。
ドフラミンゴに敗れる可能性が高いということも知っていた。分かっていた。
そして命を救ってくれたアキを裏切ることもできなかった。
おれはなんてずるい大人だろう。
思わず目元に溜まった涙に気がついたようでアキの指がそれを捕らえてそのままおれの頬を撫でる。
優しい温かな感触に胸が痛かった。
「おれも、コラソンのこと好きだよ。だから、おれコラソンを外に連れていってあげる」
「へ?」
思いもしなかった言葉におれはまぬけな声を上げてしまった。
外に連れていってくれる?本当に?
おれはアキへ振り返ろうとするが、どこにそんな力があるのかアキは腕の力を込めて振り返らせてはくれない。
「アキ。おれは島の外に行ってもいいのか?」
「うん。近場の島まで連れていってあげる」
「あんなに拒んでいたのにどうしてだ?」
「だってコラソンは島の外に行きたいんでしょ?ローって子が大事なんでしょ?だからね」
「おれはおれのものにならない落とし物なんていらないよ」
なんの感情も浮かべずに言われた言葉に、これはどういった感情なのだろう。
おれは胸が痛くて仕方がなくなり涙が再び浮かんだが、その涙に指は伸ばされることはなく。
気が付けばいつのまにか背後には誰もいなくなっていた。