よみねずみ3
(コラソン視点)
アキに助けられてから何度もアキにローに会いに行きたいといっても彼が首を縦に振ることはなかった。
アキいわくおれはアキのものだからここから出ていっては駄目だということらしい。
その言葉におれはおまえのものじゃないと反論したくなったが、どこか寂しげなあいつの瞳に何も言うことができずにいる。
それにアキはここから出ていってはいけないと言っても行動を制限されているわけでもなく、奴隷のように枷をつけられることも、部屋に鍵をかけられることもなかった。
最初は自分のものだと言うから奴隷のような理由でここに連れてこられたのだと、元天竜人としての因果応報かと思ったのだけどそれも違うようで。
「え?外に出たい?いいよ」
傷もだいぶよくなり動けるようになったのでダメもとで外に出たいとアキに頼むと、アキはあっさりと頷いた。
ただこの島の外まではだめだよ?と無邪気な笑顔で簡単に送り出してくれたのでおれは少し動揺した。
あんなにおれを自分のものだと言っておきながら、おれが逃げ出すとも思っていないのだろうか?
それでもせっかく外に行けるチャンスだ。
少しでも情報を集めるためにおれはアキの家から出て島を散歩することにした。
島はどこにでもある小さいがのどかな港町だった。
人も暮らしていて漁船もある。
船があるのならここから出る希望もあるだろう。
命を助けてくれたアキに罪悪感を覚えつつおれはちょうど船の桟橋にいた高齢の漁船の主に話しかけてみることにして近づいた。
漁船に近づくと海賊用のいつものメイクはしていないためかフレンドリーにあっちから声をかけてくれた。
「よう、兄ちゃん見ない顔だな」
「はじめまして。おれは・・・コラソンというものだが。あそこの丘の家でお世話になっている」
「・・・ああ、おまえさんもねずみの」
言っていいものか迷ったが、所在も分からないものだと怪しまれるだろうからおれは自分の名前とアキの家で世話になっていることを伝えると、漁船の主は眉を寄せまるで同情したような声色で返した。
「おれも?」
「ああ、本当にまれだがあの泥棒ねずみは人間も拾ってくるからな」
「アキのことは有名なのか?」
「あいつを知らない奴なんかこの島にはいねえよ。あいつは外からいろいろなものを持ってくるからな。それに助けられている面もあるし、逆におまえさんみたいな人間だとこまらされる」
漁船の主ははき捨てるように言ったことから、アキはこの島の人からは好かれていないだろうことが分かる。
「で、おれに声をかけてきたってことは兄ちゃんはこの島から出たいってことだろう?」
ズバリ言い当てられおれは申し訳なく思いながらも頼んだ。
「ああ、頼めねェか?」
「そりゃあ無理だ」
けれど拒否の言葉も早かった。
漁船の主が言うにはこの海域は近海ならば問題はないが、そこを過ぎれば荒れてまた凶暴な海獣もいるために島の外に行けるのはアキだけらしい。
だから外に出たいならアキに頼るしかないという。
通りで簡単に外に行くことを許可した訳だ。
「だがな、兄ちゃん。悪いことは言わないから島から出るのはあきらめた方がいい」
「どういうことだ?」
思わぬ忠告におれは聞き返した。
するとまるで誰かに聞かれたくはないというように漁船の主は声を落とす。
「今までもネズミが持ってきた人がいたといっただろう。中にはこの島の住民になる奴もいるが。だいたいの奴らが家族や故郷に帰りたい、島から出たいって言ってネズミに縋ったんだ。最初ネズミは渋ったが最後にはネズミはそいつらを連れて島の外に行った」
「外に行ったのか!?」
「ああ。そいつらは島の外に出てから嬉しそうに『近場の安全な島に降ろしてもらいました。ありがとうございます。目的地についたらまた連絡しますね』って連絡をくれたんだが」
そこで彼は言葉を止めるが、決心したように続きを言った。
「そいつらが二度目の連絡をすることは一度だってない」
「はっ?それって何でだ?」
「おれには何が理由か分からねぇ。もしかしたら無事に家族や友人に会えて連絡よこすのを忘れているのかも知れねえしな。だが外に行った全員が全員だとな」
「アキはそのことを知ってんのか?」
「ああ、何度か聞いたことはある。連絡がとれないといったが。あいつは『おれはそんなこと知らないよ』、だとよ」
おれはそれを聞いてぞっとした。
一人二人ならそんなのただの偶然だとも思えるが、彼の言葉からするにそう少ないことでもないのだろう。
「それでも帰りてぇなら簡単だ、ねずみに嫌われればいい。それでいらなくなれば近場の島くらいなら連れていってくれる。帰ったやつらはみんなそうしてきた」
帰るにはアキに嫌われる・・・。
そういえばと思い出す。
みんなが自分の事が嫌いだとアキは言っていた。それはこういうことだったのか。
おれは漁船の主にお礼をいい、アキの家に戻ることにした。
「おかえりっ!早かったね」
家にある唯一のソファでチーズの形をしたクッションを抱きながらゴロゴロしていたアキはおれが帰ってくると嬉しそうに目を輝かせ手を伸ばした。
いつもならそれに構っていただろうが、今日は話したい事があったからおれはその手を無視して近くにある大きな腰掛けへと腰をおろした。
「なあ、アキ聞きてェことがあるんだが」
「?なにコラソン」
「ここに外から連れてきたのはおれだけじゃないのか?」
「うん、みんなすぐ出て行っちゃったけど。他にもいたよ」
でもおれ嫌われ者だからみんな出て行っちゃうんだ。と悲しそうに語る彼は隠すことなくすぐに答えた。
「そいつらは今何をしているんだ?」
そんな邪気のないアキにどう切り出そうかと迷ったが当たり障りのなさそうな聞き方をすることにした。
すると、アキは首を傾げて不思議そうな顔をする。
「何って出ていったもののことなんかおれ知らないけど」
「この島から出ていったやつはどうしているか、そいつらのことも知らねェのか」
「うーん。おれは知らないよ」
本当に知らないというようにまっすぐと曇りなく答えたアキはソファから起きあがるとおれのもとまで来て抱きついてきた。
体が治るにつれてスキンシップが多くなったアキの行動に思わず体がこわばったが、拒否しなかったおれに嬉しそうにアキは胸元に顔を埋めた。
アキの髪の毛が首元をくすぐる。
「コラソンはおれのものだよ。外にはいかないでね」
まるで子供のように甘えるアキはおれが出ていくつもりだということを分かっているのか行くなという。
「おれをいやがらないコラソン、大好きだよ。大好き」
そんな彼をあの子供たちと同じように蹴り飛ばせばおれのことを嫌いになるだろうか。
そう思っても。
おれに好きだと伝えてくるアキに、おれは落ちないようにしっかりとアキの背中に手をそえた。
*****
捕捉
夢主は外に行った人が何をしているか知らないと言ったのは嘘をついたからではなく、死ぬという事象は知っていても個人個人のことは忘れてしまうからです。
「外に出たらどうなる」って聞けば知りたい情報を得られます。