問題ない エンシャントダークが練習で使うこの深い森には、野性動物が生息している。 犬や猫や、はたまた山羊まで出てくる始末なので、白竜にとってまさに未知の森なのであった。 そんな森で「よく遊んだ」なんて口にするシュウは一体どんな化け物なのかと思えば、見た目は普通の少年だった。ただ、サッカーの腕を除いて。 白竜がいた場所から、エンシャントダークの面子が森から出てくるところが見えた。練習を切り上げて戻ってくるところなのだろう。だが、奴等のキャプテンの姿はどこにも見えなかった。 白竜にとってシュウは化け物とまではいかないが、掴み所の無いよく分からない男、という認識である。以前、シュウが練習と称して森に潜り出てこなかったことがあったからだ。 そうなると探して連れ戻す役目は九割の確率で白竜にまわってくる。 化身合体のコンビを組まされているからとか、ライバルチームのキャプテン同士だからとか、理由はたくさんあって一つ一つ否定していくのは面倒くさい。そんなことから、白竜はシュウの保護役を拒んだりはしなかった。 今日も、もしかしたらシュウは森から出てこないのかもしれない。そうなれば厄介だ。深い所まで行ってしまう前までに早く連れ戻そうと、白竜は森へと向かった。 森に入りしばらく歩いたが、シュウの気配は無かった。 段々とイライラしてきた白竜は、足元に転がっていた小石を思いきり蹴飛ばした。 小石は草を切り風を抜け、木の太い幹に突き刺さった。 それを見届けた瞬間、頭上から「あー驚いた」などと気の抜ける声が聞こえてきた。 見上げると、立派な枝に座って足をぶらぶらとさせるシュウがいた。 「シュウ!」 白竜は思わず叫んだ。 シュウはにこにこと笑顔を崩さないまま白竜の前に降り立ち、服についた汚れを払った。 「何をそんなにイライラしてるの?」 シュウが笑顔のまま言った。それが余計に白竜を苛立たせた。 「お前に」 だから、白竜は包み隠さず素直に答えた。 「ああ、僕が原因なの」 ごめん、とシュウは謝るが、それが果たして心からの謝罪なのかは不明だ。 「はやく戻るぞ」 白竜は苛立ったままシュウの手首を掴んだ。 するとシュウは「しっ!」と口に人差し指を当てた。その動作に白竜も動きが止まる。 何事かと思えば、草むらからウサギがぴょこんと顔を出した。 シュウは白竜からするりと抜け出すと、ウサギに近寄り屈んだ。 「ウサギだよ、白竜」 「見ればわかる」 なんて呆れた奴だ! 白竜は額に手を当てる。 「お前に、動物を愛でる趣味があったなんてな」 白竜が嫌みのつもりで言うと、シュウは「違う」と声のトーンを落とした。 「動物なんて、生きるか死ぬかの二択しか持ってないんだから」 シュウは一際優しい声で言った。 「サッカーだってそうだろう?勝つか負けるか、どちらかだ」 シュウは逃げないウサギを抱え、そっと頭を撫でた。 それは決して愛情などではなく、憐れんでいるようなものだった。 「今日はお喋りなんだな」 白竜はシュウからウサギを取り上げると、森へ逃がしてやった。 「ああ、白竜といるからかな」 シュウは森の奥へと走るウサギを見送る。 「俺が、どう関係がある」 白竜がシュウに背中を向けながら言うと、シュウの小さな笑い声が聞こえてきた。 「僕は白竜に喰われちゃったのかもしれないから」 「なんだって?」 振り返ると、笑顔のシュウがそこにいた。 白竜はシュウの笑顔が苦手だった。なんでも分かっているような、あの笑顔が。 戸惑っていると、シュウは彼にキスをした。 白竜はぼんやりと「二回目だ」と思った。 前にも、徐にキスをされたことがあった。怒る気にならず「何故だ」と問えば「白竜だから」とわけの分からない理由が返ってきたのだ。 「また、俺だからやった、なんて言うんじゃないだろうな」 白竜が声を低くして言うと、シュウは首を横にふった。 「言ったろ、僕は君に喰われちゃったんだよ」 「意味が、分からないな」 「うん、そうだね。…喰われちゃった、じゃなくて、食べられたい、の方が正しいのかも」 シュウがねだる様に白竜を見上げる。 闇色の大きな瞳に、しっかりと自分が見えた。 そして、初めて白竜はシュウにキスがしたいと思った。 気がついたときには目の前のライバルを貪っていた。男の癖に唇が柔らかいとか、声が高いとか、睫毛が長いとか。近くで見たシュウに思うところはたくさんあった。 両手でシュウの腰を抱き寄せると、それに応えるように舌が絡んでくる。 辺りが静かなため、どんなに小さな息づかいも声も水音もはっきりと聞こえる。 そこで我に帰った白竜が自分からシュウを引き剥がすと、彼は笑顔で「なんでキスをしたの?」と言った。 そこで白竜はこう答えることにした。 「シュウだったから」 |