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 それからすぐに(すぐと言っても元号は変わったし戦争も起きたしバブルが始まって弾けた。不老の"すぐ"はソコソコ長い)無惨様にさらに血を分けていただいた。最初にもらったのは、鬼になれる最低の量だったらしい。
 それまで無惨様は、わたしが使い物になるか見定めていたんだと思う。強姦されて殺されたわたしが、精神的に折れないかどうか。無惨様の手足となって動ける能があるか。十二鬼月並みの戦闘能力があるか。
 鬼滅隊を滅したあとの無惨様は、権力を各方面に拡げることに拘っていた。国の一つくらい掌握したいなって男なら一度は考えるよね、と童磨さん。
 彼は新興宗教をいくつも興し、かと言って自分はその教祖になることもなく、のんべんだらりと暮らしている。とにかく金を生む組織を作るのが童磨さんの仕事だ。信者は喜んで金を持ってきて、アア幸せだ!と叫んで帰っていくんだから世話無い。
 妓夫太郎さんはヤクザの世界に潜り込んで色々やっているらしい。主に裏社会と無惨様の橋渡しをしている。たまに会うととても可愛がってくれて、梅ちゃんとお揃いのアクセサリーなんかをプレゼントしてくれたりする。
 他の人も無惨様に言われたダーティな事をして、せっせと金と人脈を作っている。
 無惨様は会社を作っては売って、株をやったり、若い政治家を青田買いしたりと、よく分からないけれどなんだかいつも楽しそう。もちろん人に任せた会社が潰れたり、張った株が大暴落した時なんかは、無限城がめちゃくちゃになるくらい暴れる。秘書みたいな事をしている鳴女さんが、困った顔をしながら琵琶を掻き鳴らしているのを何回か見たことがある。
 そんな中でわたしと梅ちゃんは、東京の繁華街で人身売買と違法薬物を取り仕切っている。いつの間にかに立ちんぼは街からいなくなり、ヒロポンは薬局から消えていたので、これはべらぼうに儲かった。暇と若さを持て余した女学生を売春させたり、借金で首が回らなくなった男を強制労働させて最終的に臓器を抜き取ったりと、人間を壊して金を得る方法はいくらでもあるのだ。
 あとは、無惨様に言われた通りにエラいおじさんと寝たりだとか。女で酔わせて弱みを握るのが一番簡単だ。わたしと梅ちゃんの美しさは種類が異なるので、おじさんの好みの方を無惨様に指名される。好みが分からなくても、二人でパーティーに行って近づけば必ずどちらかが口説かれるから分かりやすい。楽で簡単な仕事だけれど、こなすと無惨様に褒められるから、きっとリターンが大きいのだろう。

「長い暇つぶしをしているようね」
「何が?」

 二人で東京の夜景を見ながらあわあわのバスタブに浸かっている。すっぴんの梅ちゃんは、普段より幼く見える。

「他の鬼は生きることに飽きないのかな。不老ってままならないなって思って」
「死にたいの?」
「そういうわけじゃないのよ。梅ちゃんと一緒にいるの楽しいし、無惨様の描く夢を見てみたいとも思うし。でも……」

 梅ちゃんが、作りものみたいな目をくりくりさせてわたしをジッと見ている。上手く言葉にできないわたしの心を、必死にかみ分けようとしている。

「……アタシもね、同じことを思ったことあるよ。鬼殺隊に勝って、敵がいなくなったらね、急に不安になったの。黒死牟さんとか猗窩座さんみたいな目標もないし、その時は無惨様のやりたいこともよく分からなかったし……。でもね、吉原もなくなって、赤線とか青線とかごちゃごちゃし始めて、どうしようかなって思ってた時にアンタに出会ったの」
「わたし?」
「うん、今でも覚えてる。その時期は無惨様に東京で派手なことをするなって言われてたから、仙台まで食事に行ってたの。お兄ちゃんも一緒に、初めて汽車に乗って、小旅行気分だったわ。山奥の村のいっとう綺麗な女を何人か食べて、また上野に戻って、長旅で疲れてたから休みたいって駄々をこねたら……ふふ、そうそう、先に帰るぞってお兄ちゃんに置いていかれたんだった。それで仕方ないからカフェーに入って、ぼんやり外を見てたの。窓の外を歩く人たち、みんな楽しそうだった。忙しなく歩くサラリーマンとか、道の端で団子になってる女学生とか、粧し込んだカップルとか、三人で手を繋いでる親子とか、そんなのを眺めながら、アタシたちってなんなんだろうって考えてた。これから何しようって」

 梅ちゃんはバスタブのふちに置いていた煙草を咥えて、ゆっくりと煙を吐いた。

「……初恋だったの。アンタを一目見て、一目見ただけよ。それなのに魂が震えた気がしたの」

 痛いほど真っ直ぐな言葉。

「本当に足がすくむのよ。勝手に涙が出るの。びっくりしちゃった。しばらくカフェーでじっとして、アンタの姿を思い出しては情けない気分になってた。それでね、仙台でたらふく食べてきて気持ち悪いくらい満腹だったのに、アンタを見たとたんにお腹が空いて堪らなくなった。無惨様に東京で食事をするなって言われてたのに、そんなことすっかり忘れて……ずいぶん殺したわ。すぐに無惨様と鳴女に呼び出されてお叱りを受けたけど、そんなのどうでもよかった。耐えられないくらいの飢餓感をどうにかしてほしくて、パニックになりながら無惨様にお願いしたの。丁度鬼殺隊の件の褒美を考えておけって言われてたから、アンタがいいって。若草色のワンピースの美しいあの人がいいって、お願いしたの。無惨様、困ってらしたわ」

 その様がかんたんに想像できて思わず笑ったら、梅ちゃんはうれしそうに顔をほころばせた。

「無惨様は必ず連れてくるって約束してくださって、その代わり大人しくイイコにしてろって言われた。それから言われた通りイイコにしてた。玉壺に出家でもするの?って笑われるくらい」

 梅ちゃんはのぼせてきたのか、煙草をガラスの灰皿に押しつけて、ザバっと湯から上がった。脚だけ湯につけたまま、窓の前に腰掛ける。
 梅ちゃんの白くてなめらかな身体が、東京の夜景を背負っている。

「恋をするとね、無限に感じてた退屈な時間が、急に目まぐるしく色を変えるのよ!髪をすいている時も、食事をしていても、アンタがこの世のどこかにいるってだけで幸せなの。次街中ですれ違ったら絶対に話しかけよう、でもなんて言ったらいいのか分からない。好きなものと嫌いなものが知りたい、だけど名前も知らない。……そんなことばかり考えてたけど、全然飽きないの。アンタにもう一度会いたくて、しょっちゅう上野をフラフラ歩いていたから、アタシ今でも上野は詳しいのよ。結局人間だった頃のアンタには一回も会えなかったけどね」

 お湯から脚を抜いて、バスルームを出て行く。すぐに戻ってきた梅ちゃんの手には、ピーチフィズの瓶が二つ。長い爪で栓を抜いて、わたしに一つ差し出した。濡れた冷たい瓶が心地いい。

「アタシがあんまりにもうるさかったのか、疎ましかったのか、無惨様はアタシが思ってたよりずっと早くアンタを連れて帰ってきた。十年でも二十年でも待つつもりだったから。チャコールグレイのワンピースが泥と血まみれだったし、意識を失ってるアンタは記憶にあるより少し成長していて、大人っぽくなっていて、びっくりした。無惨様、とっくにアンタの居場所を突き止めてたんだけど、アンタがアタシの見た目と同じくらいの歳になるまで待ってたんだって。とりあえず無惨様が避暑に使ってる家を借りて、お兄ちゃんに頼んで今にも死にそうだったアンタを運んで、アンタの目が覚めるのをじっと待ってた」
「あの時裸だったのはどうして?」
「どうしてかしら?……多分、全身でアンタを感じたかったんだと思う。恋って人を狂わせるから。アンタに出会ってから、……ずっと狂ってる」

 梅ちゃんはバスタブに戻って、わたしの足の間に無理やり入ってきた。向き合って、華奢な手で顔をつつまれ、くちびるを食まれる。ピーチフィズの、どこまでもスイートなキス。

「アンタと一緒になってから、退屈な時なんて一瞬たりともない」

 驚くほど大きな目から、宝石みたいな涙がぼろっとこぼれた。それを追いかけるようにまた涙がいくつもこぼれる。ジワジワとまぶたが赤くなっていって、わたしは愛しいという気持ちを抑えられない。
 梅ちゃんの細い肩を抱きしめて、しがみつく。

「なんで泣くのよ」
「わからない。アンタのことになると、わからないことだらけになる」
「……わたしね、ずっとあなたに人生狂わされたんだと思ってたの。訳の分からないまま鬼にされて、梅ちゃんったら、何をしたいとか言わずにわたしを振り回すんだもの」

 無惨様の洋館で過ごした数年間を、無限城とホテルを行ったり来たりしながら無惨様の野望を叶えるべく動き始めた日々を思い出す。
 その記憶のすべてに梅ちゃんがいて、いつでもわたしを熱く見つめている。

「わたしが梅ちゃんを狂わせてしまったのね」

 梅ちゃんは泣き笑いを浮かべながら、わたしの髪を慈しむように撫でている。



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