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 真澄の、若者らしい神経質な目がえりかを真正面から非難している。芸術家がナイフで丁寧に削って作ったみたいな鼻梁の、石膏の肌が光っている。

「なんで、アンタと監督がキスしてたの」

 抑揚のない声がカフェのBGMに呑まれた。店の上を通り過ぎていく電車が、使い込まれてなめらかになったテーブルを振動させる。
 このカフェのコーヒーは美味しいのに、真澄はカップに口をつけようとしない。

「なんで真澄くんにそんなこと言われなきゃいけないの」

 えりかはなんだか面白くなって、つい余計に煽るようなことをしてしまう。
 これはまごうことなき修羅場だ。でもえりかも譲れない。えりかも、真澄がいづみと知り合うずうっと前から、いづみのことが好きなのだから。

「無理やりに見えたから。監督を酔っ払わせて、そう仕向けたんじゃないの」
「まさか!お酒飲んでなくてもキスはするしね」

 そう言ってえりかがにっこりと笑ってみせると、真澄がひゅっと息を吸った。そして口惜しそうにえりかをギリギリと睨み付ける。
 美少年の目が光を浴びた宝石みたいに光って、えりかはうっとりとしてしまう。一点の曇りもない、緻密にカットされたすみれ色の、センシティブな輝き。官能とは程遠いのに、色気を感じるのは何故だろう。孤高の野生動物から荒っぽさを抜き去り、ひたすらに洗練させたら、碓氷真澄が出来上がるのかもしれない。
 いづみを見つめるとろけた目より、こっちの方が好きだな、とえりかは思った。えりかのことが憎くて、羨ましくてたまらないって、全身で怒鳴ってる。

「付き合いが長いから、そういうこともあるわよ。真澄くんには分からないだろうけど」

 真澄が何も言えないでいるのは、自分に足りないものを自覚しているからだろう。えりかはどう考えてもいづみに対して不誠実だけれど、今の真澄は何を言っても負け犬の遠吠えにしかならない。

「案外お利口なのね」
「アンタには渡さない」
「何をモノみたいに。決めるのはいづみでしょう」
「当たり前。俺が選ばれてみせる」

 真澄はそう言って、ぬるくなったコーヒーを一気に呷った。えりかは煙草に火をつけて、目の前にさらされている無垢な喉仏を眺めた。
 真澄は財布から千円札を取り出してテーブルに乱暴に叩きつけると、上着を引っ掴んで席を立ち上がった。
 えりかが真澄の腕を取って引っ張る。つんのめってテーブルに手を付いて、怒って顔を上げた真澄に、えりかはゆっくりと顔を寄せた。

「私、真澄くんも好きよ」

 真澄は目を見開いてドオっと汗をかいた。暗闇で突然おばけに遭ったみたいな顔をしている。何故そんなことを言う?何が目的だ?まさか本心なワケあるまい!
 緊張による細い筋肉の隆起が、叫び出しそうなのを必死に抑えていた。
 ビューラーによってカールし、丹念にマスカラが塗られたまつ毛が怪しい光を放つ。透き通ったルビーレッドの、形の良い唇が笑みを浮かべる。
 命を、握られたようであった。森羅万象を前にして、世界が突然、色と、形と、音をなくしたような錯覚を覚えた。霜柱のような薄くて繊細なプライドが粉々に割れる。

「じゃあね。真澄くんなら、いつでも呼び出してくれて構わなくてよ」

 真澄はいつの間にかに椅子に座り込んでいた。下半身に力がまるで入らない。
 その横をえりかが通り過ぎていく。ダチュラの香りだけが、そこに暫く漂っていた。


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