yume | ナノ





雪がしんしんと降る寒い夜。いつもこの審神者の私室まで響いている酒盛りの騒ぎ声も、雪に吸収されて届かない。パチパチと火鉢の中の炭がはじける音と本をめくる音だけが響いている。
男士たちはもうほとんど眠っている頃だろう。私もそろそろ寝るか、と読んでいた審神者指南書を閉じると、トトトと廊下を歩いてこちらに向かってくる音が聞こえた。
足音の軽さからして短刀か。こんな時間に何の用だろうと思いながら衿元を正し、襖に体を向ける。

「主、起きてる?」
「小夜か。どうした?」

おずおずといった声がくぐもって聞こえる。
いつもならすぐに入ってくるのに、今日は中々入ってこようとしない。室内とはいえ、暖房の入れてない部屋の外は寒いだろうと襖を開けてやる。どうぞ、と迎え入れると、小夜は思いの外素直に入ってきた。きっと、夜遅くに主の(しかも女性の)部屋を訪ねるのは勇気がいったのだろう。
小夜は男士の中でもトップレベルの紳士なのだ。よろず屋で買った重い荷物は絶対に持たせてくれないし、私が少しでも体調が悪いそぶりを見せると必ず気遣ってくれる。もちろん他の男士も(一部を除き)気遣ってくれるが、小夜は特にさりげない。

「お茶でいい?」
「あ、いや、僕が」
「いいから、座ってて」

部屋のすみに積んでいた座布団を差し出して、ウォーターサーバーでお茶を淹れる。ティーバッグの緑茶だが許して欲しい。寝る前に濃いお茶もどうかと思って、お湯が薄い鮮やかな緑になった所でティーバッグを引き上げた。熱いから気を付けてね、とマグカップを渡す。
髪を下ろして寝間着を着た小夜は、握りしめていた枕を隣に置いて、マグカップをちいさな手で包むように持っている。
兄たちに似て細い肩が寒そうだ。見かねて着ていた綿入れをすっぽりと被せてやる。愛用のぼろだけど、寒いよりはましだろう。自分は布団の上に重ねていたどてらを着ることにする。

「小夜がこんな時間に珍しいね。どうしたの?」
「ごめんなさい」
「いやいや、小夜なら大歓迎だよ。小狐丸なんて、顕現したての時なんて、ぬしさまーぬしさまー眠れませぬってうるさかったんだから」

申し訳なさそうに視線をきょろきょろさせていた小夜が、私の小狐丸の物真似が面白かったのかやっと笑ってくれた。

「石切丸と一緒に寝なさいって追い出したけどね。そういえばこの本丸に来た初日はね、むっちゃんと今剣で川の字になって寝たんだよ。大広間まで布団運んで」
「そうなんだ」
「楽しかったよ。親睦会だってむっちゃんが言って、ずっとおしゃべりしてた。そもそも初期刀にむっちゃん選んだのって、坂本龍馬のファンだったからだし、源義経も私でも知ってる人物だしね。私も家族のこととか友達のこと、好きなものを話してる内に日が明けてきちゃって、次の日は三人で寝不足のまま出陣したっけ」
「意外。夜更かしなんて、あなたらしくない」
「でしょう?多分その時は緊張と興奮でテンションがおかしくなってたんだよ。まぁ、こんのすけにしこたま怒られたから今はちゃんとしてるけどね」

冷えた紅茶を飲む。

「ふふっ、意外なのは小夜の方じゃない」
「うん、そうだね。……あの、大したことじゃないんだけど、江雪兄さまと宗三兄さまが喧嘩してて」
「ええ、なんで」
「んんん、僕の口からは言いづらいこと」
「小夜がかわいくてつらい、みたいな?」
「……………………当たらずといえども遠からずってとこかな」
「あの兄さまたちは全く……」

しゅんとしている小夜に頭をかかえる。
そもそも私が小夜のことをほっぺたに吸い付きたいくらいかわいいと思っているから、その所有物にある江雪と宗三にも強く影響が出てしまっているのだ。審神者の中でまことしやかに囁かれている、刀剣男士は主に似るという噂を、こんなところで実感するなんて。

「どっちが僕と寝るって喧嘩してるから居づらくて……。他の部屋に混ぜてもらおうとしたら、みんな寝てるみたいで。兄さまたちが寝てから戻ろうと思ったんだけど、あなたの部屋が明るかったから……」

しゃべっている内にどんどん赤くなるほっぺたは、やっぱりちゅっちゅしたいくらい愛らしい。
江雪と宗三の喧嘩の内容は分からないけど、こんなかわいい小夜を独占して見られるならずっと喧嘩しててほしいと思ってしまう。

「でも、そろそろ帰る。あまり出歩いてると兄さまたちうるさいんだ」
「えー、明日言えばいいよ、一緒に寝ようよ」

立ち上がろうとした小夜の寝間着の袖をつまむと、とがめるような視線が私を刺した。

「主、女性から同衾に誘うなんてはしたないよ。子どもの成りはしてるけど、僕だって男だ」
「確かに小夜は誰よりも男らしくて強くてかっこよくてかわいいけど、今日は特に寒いじゃない」

自分の肩を抱いて寒さに震えるふりをすると、小夜はちょっと困った顔をした。

「だから小夜が湯たんぽ代わりになってくれたらなーって」
「………分かった。そんなに言われたら断る訳にはいかないよ」

こくりと頷いて緑茶をぐっと飲み干した小夜をトイレを済まさせてから布団に入れる。
私が寝る準備を整えて布団に入る頃には、布団の中が小夜の体温でぬくぬくになっていた。

「腕枕しちゃだめ?」
「それはだめ」

ふたりでそろって天井を見ている。
布団の中で小夜の手を握ろうとしたら、ぺしぺしと払われてしまった。

「小夜が隣で寝てると思うと興奮するなぁ」
「ばかなこと言ってないで寝なよ」

それからぽつぽつとしゃべって、私はすぐに眠りに落ちた。
こんな貴重な機会、本当は寝たくないくらいだったけど、小夜のちいさな寝息を聞いている内に胸にあったかいものが溢れて、その心地よさに抗えなかった。





瞼の裏が明るくて、朝だと気づく。雪は止んだらしい。
煮物の醤油の匂いがうっすらと漂ってきて、とたんにお腹が鳴る。今日の朝食はなんだろう。
冬の朝はとりわけ気持ちがいい。空気が澄んでいて、清廉な気持ちになる。体は汗ばむくらいあたたかいけど空気に露出した顔は寒い。
ゆっくりと目を開けると、目の前の、しかも極近い距離に小夜の顔があって、死ぬほど驚いた。そうだ、昨日一緒に寝たんだ。
すぅすぅと寝息を立てている小夜は、いつもよりあどけない。
顔にかかっている前髪を払ってやると、小夜もゆっくり目を覚ました。



:おはよう、朝だよ



私室の広くない洗面所でふたりで顔を洗って歯を磨いて、髪を整えあってから手を繋いで左文字部屋へと向かうと、ぼろぼろの江雪と宗三が部屋から転がり出てきた。
一晩中壮絶な兄弟喧嘩をしていたみたいだ。
お小夜お小夜とうるさい二人に小夜を返すと、私たちの本丸はいつもの朝の顔になった。
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