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泥だらけの、脂でテカった顔が好きだった。いつも顔をくしゃくしゃにして笑っていたその顔が。
野球部を退部してからの荒北は、壊れた肘への苛立ちをまわりにぶつけるようになった。

昇降口で立ち竦む。無遠慮に降り続ける夕立を睨みながら、生徒のいない校舎で、たまたまそこにいた荒北と二人で。

「傘、持ってる?」
「持ってるワケねェだろ」

雨は、たとえ傘を持っていたとしても足許がびちゃびちゃになりそうなくらい激しい。わたしの家も荒北の家も、濡れて帰るにはちょっと遠すぎる。
荒北との久しぶりの会話はため息とともに打ち切られてしまった。

名字で呼びあい始めたのはいくつの時だっただろう。ちいさい頃は仲が良くていつも一緒に遊んでたのに。頻繁に互いの家を往き来して。それこそ姉弟のように。

最近の荒北は、少しこわい。

「その顔やめろよ。ブスが益々ブスになっぞ」

ハッとして荒北の方を見ると、野球部員特有の坊主頭からいくらか伸びた髪をわしわしと掻いていた。

「荒北こそ、眉間にしわ寄ってるけど。そんなんじゃモテないよ」
「うっせ」

絶叫にも似た豪雨の音を聞きながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
そう言えば、荒北の声はこんなに低かっただろうか。

「……アキちゃん元気?」
「元気。つーか見に来りゃいいじゃん」
「急にお邪魔できないよ」
「別にィ、ババアも会いたがってンじゃねーの?」
「靖ちゃんママにも会いたいなぁ」
「…それ」
「え?」
「靖ちゃんって懐かしいな、えりかチャン」

荒北はニッと笑ってわたしを見た。
そして、わたしが呆けてる内に、どしゃ降りの中へ駆けていってしまった。



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