遠距離恋愛ってやつ、では全くなくって

彼の容態は、あまり酷いものではなく、医者からも「あれだけ走ってこれか」と笑われたらしい。

私は彼の手術を待っている間、二年ぶりの家族の顔を見た。

「頑張ったね」とか「生きててよかった」とか、そんな言葉と一緒に、私を優しく抱き締めてくれた。

誘拐された前より、父の加齢臭が酷くなっていたことは、言わないでおこうと思う。

とは言っても、きっと喧嘩したときには、きっと言ってしまうのだけれど。



「よお、」

私は彼の病室の扉を開けた。

「よお、」

「……調子はどうよ」

「………私よりか、そっちのがやばいでしょ」

「……そんなことないと思うけど」

そう言って、着替えやら入っているであろう大きな鞄を探り始めた。

「何してんの?」

「……あ、あったあった。ほら、」
彼の手には、黄色い箱があって、私にそれをくれた。

「食べな、あんた食ってなさそうだから」

「これ、何?」

「カロリーメイト」

「………」

商品名を訊いているわけではなかったんだけどな。

いやほら、だって書いてあるじゃん、商品名くらい。


「おいしい」

「だろー、それめっちゃ好きなんだよな」

「……食べなくていいの?」


私は彼に箱を差し出すと「じゃあおひとつ」なんて言って、一本だけとって、「後は全部食べろよ」と言った。


「つかさ、」

「ん?」

「………お前ん家、金持ちなのな」

「え?」

「さっきあんたの両親?がここに来てさ、治療費は出しといたからって、言ってくれて……」

「いや、助けてくれたんだからそのくらいは」

「そこまではいいよ。うち母子家庭で金がないの知ったらしくって、高校とか大学とかの資金はタダで援助してくれるって言い出すし」


……………。

なるほど。


「まぁ、父は自分の気が済むまでやる人だから、甘えちゃっていいよ。……金があるのは確かだし」

「じゃあ、誘拐されたのは金目当て?」

「……それはないと思うなぁ。だって、身代金とかは取引してなかったみたいだし」


「…………じゃあ、レズだったとか」

「……………やめてよ」


「まぁ、よかったじゃないの」

ハハハと楽しそうに笑うものだから、私もなんだか楽しくなってきた。


「ところで、あんたいくつ?」

「え?えーっと、中……あ、15ぐらい?」

「中学生?」


「いや、高校。行ってはないけど」

「まじか、年上かよ!」

「いくつ?」

「15、中3」

「受験生じゃん」

「現役でバレー選手だけどな!」

「…………」

「お、どーした?」


え、やばくね?

選手なんでしょ?まだ部活やってるんでしょ?

てことは、最後の最後で人助けて脇腹負傷して?あんたは試合に出られませんよみたいな感じになってしまうんじゃないんだろうか。

「……あの、大会、とか」

「………あぁ、大丈夫だよ。俺らんとこすぐ負けたから」

「え?」

「一発目で強豪中とあたっちゃって。あ、でも良いとこまで行ったんだわこれが」

「……そーなんだ」

「そこ中高一貫の学校でさ、スポ薦もちょっと厳しいらしくてさ。で、そこの監督が俺らのこと是非欲しいっつーもんだからさぁ」

「え!すごいじゃん!!」


「だろ?だからまぁ、少なくとも俺は勉強いらないんだよなっ」

「あ……、だから」


「ははっ。おまけに命懸けて人助けまでしちゃった」

「これはもう入ってほしくない理由がないね」

「そう!そのとーり!」


彼は楽しそうに私に人差し指を向けて熱弁していた。

「…あ、あとさ、」

「ん?」

「これ」

「………なに?」


彼は私に一枚の紙を渡してきた。

受け取ってみると、そこには電話番号に住所。………と、『笹岡優』という名前。

「あんたと、これからも連絡取りたいんだけど。……芦屋ナツさん」

「…………よろこんで。笹岡優くん」


私は彼に微笑んだ。

「ついでに言っちゃうと、付き合ってくれると尚良い」

「……ばか、年下が生意気だ」


「ちぇーっ」

「この時季に、………この時季になったらまた会いに来てあげるよ」


「………どっか、行くの?」


「私は元々この県在住してないからね」

「………あ、そっか」


彼の声は少し落ちていて、何となく、泣きそうだな、なんて思った。


「私、学力足んないから頑張って勉強してさ、高1に上がるから。大学とか、まぁできれば高校もあんたと一緒んとこに行ってあげるよ」


「………まじ?」

「友達としてね」

「………まじかぁ、」


テンションが上がったと思えばすぐに下がって、全く、忙しいやつだなぁ。


その時、コンコン、とノック音が聴こえて、ドアが開く。

「ナツ、そろそろ帰ろう」

顔を出したのは父で、彼と目があったとき、お互いが軽く頭を下げた。

「はーい」

「先行ってるよ」

「はい」


父はすぐにドアを閉めた。

私は彼の方を向いて、「また会おうね」とだけ言った。

すると彼は、無言で私に手を差し出してきた。



少し間をおいて、私も手を差し出して、彼と初めて握手をした。

「また、来てよ。待ってるから」

「うん」

「…………」

彼は口をキュッと締めて、何も言わない。

手もしっかりと握ったままだ。


私はなんだか可笑しくなって、笑みが零れる。

「離してくれないと、」

「………」

「次会ったときに」

「………」

「付き合ってやんねーぞ」

「…絶対だからな、言ったからな!」


ぱっと手を離しやがった。

このやろう。


「それまで私以外の女と付き合ったらゆるさないからなー」

「そっちだって」


「ふふ、はいはい。じゃあね」

「じゃあね」


私はこうして、彼の病室を後にした。

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