夜明け前の空 *ダム視点

久しぶりだと思った。
人の温もりを隣に感じて、眠ったのは。

いつ以来だろうと記憶を辿る。
母親、兄さん、一夜限りの女性………と
そこまで思い出して、ふっと浅い眠りから覚めた。

まだ辺りは暗い。
すぐ隣から聞こえてくるのは規則正しい寝息。視線を上げれば、近すぎるほどの所に整った綺麗な顔があった。

ワックスで整えられていない蒼い髪はさらりと顔に掛かり、いつもより彼を幼くさせている。それに思っていたより、その髪は柔らかく手触りが良かった。

その蒼い髪が引き立てるのは形の良い柳眉に高く通った鼻筋、薄めだけど艶やかな唇。
その端正な顔立ちに、低めの甘い声で愛の言葉を囁けば、たちまち女性を虜にしてしまうのだろう。

だけど今は瞼が閉じられていて、いちばん魅了される夜明け前の空のような深く、蒼い、瞳が見られないのは残念だ。

あ、結構、睫が長いな………

新しい発見をしながら、見飽きない顔を、しばらく穴が空くほど見つめていた。
そのうち胸に、ある衝動が湧く。

触れたい――――。

そう思った時にはもう、無意識のうちに手が伸びていた。

すると、頬に触れるか触れないかの寸前で手はぎゅっと別の手に捕まり、阻まれた。

「そんなにあまり見つめるな」

クスッと笑われ、あの蒼い瞳に見つめ返される。

まるで寝込みを襲ったみたいで、バツが悪くなり視線を逸らした。

「……すまない、起こしたか?」

「あれだけ熱い視線で見つめられれば、誰でも起きるだろう」

また彼の台詞にいたたまれなくなり、今度は顔ごと伏せて視線を逸らす。

すると、ずっと握られ続けたままだった手に彼は口づけを落とした。

驚いて顔を上げると、まだ覚醒しきれていないのか、いつにもない少し潤んだ優しい瞳と視線が絡み合う。

胸がぎゅっと締め付けられる。
なんでこんなに苦しく、せつなくなるのだろう。

こんな気持ちなんて知らない。

両親がなくなった時でさえ、
兄さんに左目を傷付けられた時でさえ、
こんなに苦しくなることはなかった――。

「……どうした?なんで泣いている?」

「っ………!」

気付かないうちに泣いていた。
ぽろぽろと止めどなく、涙が溢れては頬を濡らした。

わからない―――。
なんで俺は泣いているんだろう?

彼は別段と驚きもせずに、ただ優しく微笑んで綺麗な長い指で涙を拭ってくれた。


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