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冷たい雨
モンスターとの戦闘のあと、
雨が降り出してきた。
「降り出してきたな」
「濡れるぅ〜早く帰ろ〜」
真琴とチェシャ猫が口々に云う。
みんなが雨を避けるように足早に歩き出すなか、立ち止まるダムに、帽子屋はふと視線を向けた。
左目を手で押さえ込み、その見えない左目で、空から落ちてくる冷たい雨を切なく見上げるようにダムは佇んでいた。
帽子屋はそんな彼を見ていたら、何とも言いようのないものが胸の内に湧き上がりざわついた。ダムの事を苦手としているせいなのか、自分でもはっきりしない感情だ。
雨が煙る中を物憂げに佇む彼から目が離せなくなっていると、
「帽子屋!ダム!何やってるんだー!先に行くぞ」
白うさぎの呼ぶ声に、帽子屋は現実に引き戻された。
ダムもいつも通りに戻っていて、白うさぎたちの後を追っていた。
雨で濡れた髪を雫と一緒に思考を振り払うように軽く頭を振り、帽子屋もまた仲間に追いつこうと歩き出したのだった。
宿に戻ると、みんな雨に打たれて、びしょ濡れになった服を着替えたりするために各々の自室に行く。
帽子屋は先程のダムの様子が気になり、タオルで簡単に拭いただけで、ダムの部屋に向かうことにした。
ドアをノックするとすぐに、どうぞと返事が聞こえた。ドアを開けると、ダムが着替えを済ませて、髪を拭いているところだった。
ダムは意外な来訪者に少なからず驚く。
「何か用か?帽子屋」
「用がなければ、来ては駄目か?」
気の利かないお決まり文句しか言えない自分に、帽子屋は自嘲した微笑を浮かべ、簡素な造りの椅子に座っているダムに近寄って行く。
すっと、手を伸ばし指先で雨に濡れた眼帯に触れ、その上から本来あるべき瞼の丸みを、帽子屋は愛おしむように撫でてゆく。
「雨で傷が痛むんじゃないか?」
「ああ、でもたいしたことはない」
「…勿体ないな、綺麗だったのに……」
帽子屋はぽつりと呟く。
一対だった綺麗なアメジストの瞳。もう見ることは叶わない。
銀の髪と眼帯に閉ざされた左目は、二度と自分を映すこともないのだろう。
あの時、自分に何ができたかは判らないが、軍から離反したダムをそのまま行かせてしまったことを、今更ながら後悔する。
「……なんで、君がそんな顔をする」
それまで、されるが儘だったダムが問い掛けてきた。
「……そんな…顔?」
「ああ、泣きそうな顔をしている……」
「……っっつ!!」
心情を、弱さを見られたようで帽子屋は気まずくなり、フイッと顔を背ける。
そうすると、今度はダムが手を伸ばして帽子屋の頬に触れた。
普段は手袋をはめているダムだが、今は雨で濡れたから外していて、頬に触れるダムの指先は温かかった。
顔をダムに向け直すと、アメジストの隻眼が真っ直ぐに見上げてくる。
「君が気に病むことはない」
もう一度ダムが告げた真摯な言葉に、帽子屋は胸を詰まらせた。
「……いや、しかし……俺がはーちゃ…ハートの王をちゃんと止められていたら、こんな事にならなかったはずだ。お前も左目も失うことは」
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