がさがさっと、茂みが揺れる。
一瞬、揺れが止まり、そこからズボッと猫の顔が覗いた。
辺りを窺い、そろそろと猫が出てくる。

王城へ続く、誰も知らないチェシャ猫だけの抜け道―――。

抜け道は城の外郭庭園の外れに出る。
城内に入ると何処からともなく、芳しい薔薇の香りが漂ってくる。
ハートの王の城は今も昔も変わらずに薔薇の甘い香りに包まれていた。

チェシャ猫はその香りを楽しみながら、タイムスリップしたような気持ちで、城内をあっちこっちと散歩していく。

薔薇園までやって来ると、香りの濃密さが増し強くなり、猫の鼻には少しきつかった。
でもここにもたくさん思い出が詰まっていて、チェシャ猫のお気に入りの場所の一つだった。

そんな薔薇園の中にある石造りの東屋から、誰かいる気配を感じた。

あっ!王様だ!
その人影にチェシャ猫は驚く。
まさか会えるとは思っていなかった。

少し近寄って、茂みの陰からそっと様子を窺う。
珍しく一人でいるみたいだ。
東屋の階段に座り、柱にもたれ薔薇を眺めている。
いつもなら、従者のディーがくっついているのに、それすらいない。

他に誰もいないことを確認すると、チェシャ猫は思い切って姿を現すことにした。

王様、驚くかな?俺だってわかるかな?

にゃーぁんと鳴きながら、ハートの王の前に飛び出る。

「……猫?…何処から入って…っ!チェシャ猫か?!」

見覚えのある懐かしい猫の姿にハートの王は驚いたが、すぐに、

「そんなわけないか………」

と自嘲気味に否定した。

小さい子供の頃から周りを大人達に囲まれて育ったハートの王には、同じ年頃の遊び相手は少なかった。
そんなハートの王にとって、城に居着いたチェシャ猫は一番の遊び相手だった。

チェシャ猫が人間になるまでは――――。




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