(っていう、あの一連のやりとりをぼくが聞いていたと知ったら、なんて思うんだろう) 初流乃は朝食のエッグマフィンを齧りながら思う。彼は声をひそめて、扉に張り付いては、あの二人のプロポーズともなんともつかないような場面を聞いていたのだ。彼は自分の出生についてはさておき、自分が実母とその夫のもとにいては自分の命すら脅かされかねない状況だったから、二人の申し出を結果的に受け入れることにしていた。(年の割に聡明であることを察した二人は程なくして彼にもう一度、彼の血筋と要の関係について説明している。)それにしたって、あの時初流乃が二人に引き取られるという選択肢を断っていたら、パードレ(典明)はどうするつもりだったのだろうと時々思うことはある。 けれどあれだって、いままで何度かしてきた遠回りなプロポーズのひとつだったに違いない。目の前で新聞を読みながらコーヒーに口をつけているマードレ(要)は、本当にどこか抜けているというか鈍感というか、なんとも"鈍い"ところがあるから、あれくらいのことがないと分からないのかもしれない。二人がどうして出会ったのかなんて聞いたことはなかったが、その点に関してはパードレは長いことよく付き合ってきたものだ、と思う。 「花京院、朝早いのって今日だったっけ」 要はあれから苗字を花京院に変えたというのに、まだ自分の夫のことを苗字で呼ぶことがしばしばある。二人は、初流乃が学校の無い日は、必ずどちらかが家にいるようにしていたし、時間が許せば三人で揃ってどこかに出かけることも多い。夕食は三人揃って食べることは決まっていたし、その間はテレビも付けないのがルールだった。 「そうだよ」 「……そうだったか」 要はカレンダーを見ながら頭をひねる。どうやら彼女の中で日数の計算が合わないらしい。それもその筈だ、と思いながら、初流乃は話題を変えようと口を開く。 「マードレ、今日はマードレは暇?」 「まあ…、夕方に、承太郎の家に行くことにはなってるけど」 「僕も行きたい」 「もとからそのつもりだよ」 承太郎は自分がDIOを倒している手前、初流乃に対して引け目を感じている節があるのだろう、あまり彼と関わろうとはしなかったが、なんせその娘の徐倫は、初流乃をまるで兄のように慕っている。赤い瞳をもつ目を細めて、要は笑った。 「とは言っても、まだ時間はある。どこか行きたかったところはない?」 「特に…」 「じゃあどこかに寄って、お土産を買っていこうか。徐倫は何を買っていったら嬉しいだろう」 「ヒトデじゃないものだったら喜ぶと思うよ」 「初流乃も案外辛辣なことを言うもんだな」 「さて、誰に似たんでしょう」 わざとらしく肩を竦めた。要は、「徐倫も父親と遊びたい盛りだというのに、彼女の父親があれじゃあな」と思わず苦笑した。承太郎は少々硬派すぎて、家族の理解を得難い場面にしばしば直面する。しかもそれを言葉にしないで黙っているものだから、要や典明がフォローに回らなければとっくに離婚しているかもしれないレベルだ。コーヒーを飲み干して、要は席を立つ。初流乃が口を開いた。 「マードレ」 「何だ」 「今日は何の日か知ってる?」 「さてね」 「エイプリルフール」 「だからどうしたっていうんだ」 「だから朝一番で、僕は嘘をついたんだ」 「?」 朝一番に初流乃はなんといったっけ。要は頭に疑問符を浮かべて、そして。 「黙っていれば、初流乃。僕はそんな流れになるなんて聞いてないよ。二人でデートなんて、ずるいじゃないか」 「花京院!」 「要、君だってもう『花京院』だっていうのに…」 呆れたような声で言って、初流乃を抱き上げる。 「パードレは今日ちゃんとお休みです、って、今言おうとしたんだ。ちょっとした嘘に、慌てすぎだよ」 要は小さく笑った。 ×
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