「まったく!君って女性(ひと)は子どもになんて声を出すんだ…」 「君みたいにニコニコ胡散臭く笑っているのも、どうかと思うけどな」 まったく聞く耳をもたずに外の風景を眺めている二階堂に、ココアを飲みきった少年を膝の上に乗せて、花京院は困ったように息をついた。向かう先は彼らが宿泊しているホテルで、余談だが代金はSPW財団持ちである為に少々値が張る。現地のタクシーだったが、二階堂の容姿と流暢なイタリア語、そして二人の抜け目なさで置き引きだなんてものに会う心配はない。さっきから助手席には透明になったユノーが座っていて、座席の隙間からちらちらと物珍しそうに少年を見つめていた。花京院はどこかに電話をかけて、英語で何かを喋っていた。何度か電話をかけなおしては、その度にころころと言語も変わっていく。その姿に唖然としつつも、手持ち無沙汰になった子どもは、おろおろと二人の顔色を伺っていた。二階堂は相変わらず写真立てを神妙な面持ちで眺めていて、やがてそんな彼の様子に気づいたのか、口を開いた。 「で?どうして裸足だったんだ。なんであんなところに一人で居た」 「それは…」 少年は自分の手元の空になったカップを見つめる。言いたくないなら、言わなくっていいさ。二階堂は小さく呟いた。なんとなく、昔の自分に少年の姿が重なったからだった。 「君の名前は」 「えっ」 「何と呼んだらいいかわからないから」 「えっと、初流乃といいます。汐華、初流乃」 「ふうん、ハルノ、ね。よろしく」 無表情だった二階堂の口角が、少し上がる。目を細めて、笑っているようだった。頭を撫でるその手つきは、優しい。根は悪い人でも、怖い人でもないのだろう。初流乃はそう判断して、はい、と小さく呟いた。 花京院が電話を二階堂に差し出す。それを受け取って、今度は二階堂が、その受話器に向かってべらべらと何かを話しだした。 「さっきはごめんね、いつも無表情でこわいけれど、根は悪い奴じゃないんだ…」 「大丈夫です」 初流乃から空のカップを受け取りつつ、花京院はその言葉に嬉しそうに笑った。 「君のご両親に電話をしたんだが、どうにも話が通じなくてね。だから要に代わったんだ」 花京院はそっと耳打ちするようにして、初流乃に言う。なんでそんなことを教えてくれたんだろうと不思議そうにしている初流乃に、花京院は「君が知りたそうにしていたから」と頭を撫でながら言った。 やがて車がホテルにたどり着く。初めて見たこうにも立派なホテルにこれから、この見窄らしい格好をした自分が脚を運ぶのかと思うと、初流乃はどうにも居心地が悪いような気がしてならなかった。なんたって、自分はこの街にきてからというもの、いつだっていじめられっこだったし、義父には散々な目に遭わされてきたし、母親に至っては自分には全くの無関心だったから。人の顔色ばかり伺うような子どもであると見抜いていたのかは定かでは無いが、花京院は初流乃が不思議そうにしているといちいち説明してくれた。花京院が裸足の初流乃を抱き上げて、傍らの二階堂がチェックインを済ませる。ふかふかの手触りのいいベッドの上に下ろされて、腹はすいてはいないかと無愛想に聞かれた。おどおど頷くと、ほどなくしてルームサービスのサンドウィッチが差し出された。 今まで食べてきたどんなものよりも美味しいと思った初流乃は、夢中になってそれを食べた。 「君のお父さんは、要の遠い親戚でね、僕たちととても縁のある人だったんだ」 花京院は静かに切り出した。どういう縁、とは何も言わなかったが、自分が生まれてほどなくしてエジプトで死んだとだけ聞いていた、自分の本当の父親の話に、初流乃は自然と耳を傾けていた。二階堂はその作り話とも事実ともつかない話を何とも言えない表情で聞いていた。 その後、冷えきっていた体を温めておいでと初流乃は風呂場に通されて、その広さにまたも唖然としたのは言うまでもない。 ×
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