10000! | ナノ

水曜日は学校がたったの四時限で終わるから、二階堂や花京院にとっては絶好のゲーム日和であることは言うまでもない。二階堂は花京院の家に決まって遊びに行く日だったし、夕食を食べて帰りに花京院が交差点まで送っていくのはもはや習慣となっていた。
花京院がテレビの電源を入れる。二階堂はファミコンにコントローラーをセットしていた。ガチャガチャと音を立てながら、コントローラーをいじってみる。花京院が、画面を真っ暗なゲーム用のそれに切り替える。

「どれにしようか」

几帳面にケースに詰められたカセットを眺めながら、二階堂が言った。うーん、と少し考えるようなそぶりを見せて、シューティングはこの前やったし、テトリスは気分じゃない。花京院が「じゃあストファにしよう」と言って、二階堂はそれに頷いた。

「久しぶりだなあ。ゲーセン以外でストファなんてやるの、初めてかも」
「え、要、ゲームセンターなんて行ったことあるの?」
「うん、まあ、少し前まではよく行ってた。うちにはファミコンなんてないから」

ふうん、花京院は曖昧な返事をしながら、カセットを差し込む。電源ボタンを押すと、見慣れたロゴが浮かび上がった。
二階堂はカーペットの上に寝転がったまま、ぼんやりと"少し前の自分の趣味"を思い返す。

「TATSUHIKOとかいうプレイヤーがいつも上位にいてさ、他は捕まらないことのが多いんだけど、そいつはいつもそこにいるもんだから、乱入してってそいつの鼻っ柱をへし折るのが大好きだった」
「だった?過去形なの?」
「……この前も叩きのめしたんだけど、つまらなかった」
「え、じゃあ、ストファやめる?」
「いいや」

二階堂はつぶさに断った。ストファが嫌いなわけじゃない、むしろ大好きだ。そう言って、二階堂は無表情で2Pのキャラクターを見つめる。どこかわくわくしたような表情だった。花京院もストファは好きだけれど、ここまで目を輝かせる二階堂を意外に思って、そして、案の定。
彼はボコボコにされた。

「……コンティニュー?」
「しない!もう疲れたよ!」

半ば叫ぶようにして花京院は音を上げた。結果から言えば、花京院は全く歯が立たなかった。今までのシューティングやレース系のゲームではそんなことなかったのに!と、花京院は両手で顔を覆いたくなる。花京院だってこの手のゲームはやり込んできたつもりだったのに、二階堂は花京院のしらないコンボをどんどん使ってくるし、全く大人げのカケラもないほどにメッタメタにされた。花京院にとってこれは屈辱以外の何物でもなかったし、赤子にも容赦なし、血も涙も無いとはまさにこのことだ!と、花京院はよもや半泣きである。しかもメッタメタにした当の本人は涼しい顔でジュースを飲んでいるところをみると、悪気はカケラもないようだ。花京院はますます泣きたくなった。

「トイレ借りていい?」
「ああ、階段降りたところの、右手の廊下の、突き当たり…」
「ありがとう」

二階堂が部屋を出て行くと、花京院はがっくりと肩を落とした。まさか自分が、あんなごついキャラクターばっかり出てくるようなゲームで(つまりはまったく"女の子らしさ"というものを欠いたこのゲームで)、あんなにメタメタにされるとは思わなかったと思うばかりである。そんな花京院の肩をちょいちょいと叩く存在がいた。二階堂の狐だった。
狐はエンピツとノートを二階堂のランドセルから取り出してきて、花京院の前で開いてみせた。そこになにやら矢印とアルファベットを書き込んでいく。どうやらコマンドのようだった。花京院が知っているものもあったが、まるでみたことの無いものが多かった。そのページを破って花京院に押し付けると、今度はコントローラーを持ってばしばしと尻尾で花京院の肩を叩く。見ていろということだろうか、と花京院が首を傾げると、花京院にもう一つのコントローラーを押し付けてくる。どうやら一緒にやりたいらしい。花京院は頷いて、もう一度電源ボタンを押し込んだ。

「悪い、遅くなっ……」

花京院の母に捕まってしばらく世間話をさせられたために遅くなった二階堂がドアを開けると、狐と花京院が仲睦まじく画面に向かっていたからには驚いた。怪訝な顔をしてしばらく見ていると、どうやら狐が花京院に指導しているようである。めずらしいこともあったものだと二階堂は一人と一匹の後ろに腰を下ろして、その様子をしばらく眺めていることにした。
以来、花京院に(二階堂に負けないための)更なるやり込み癖がついたことは言うまでもない。



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