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『狐は花京院典明が好き』


ヴォルペコーダ・ユノーには自我がある。ユノーは二階堂要が赤ん坊のときから彼女を知っていて、彼女が何者であるのか、彼女がいったいどういう生き物であるのかをまったく共有した存在であった。ヴォルペコーダ・ユノーは本体である二階堂要のことをそこそこ気に入っているから、彼女に仇をなすものや、なそうとするものが総じて大嫌いだった。それこそ、自分がこの世に発現してからの二階堂要の人生はひどいものであったと思う。彼女は自分が何者かすらもわからないまま、彼女の周りすらそれを知らないというのに、ずいぶんと酷い目にあってきた。だから彼女を悪く言ったり、彼女を傷つけた人間達をユノーはこらしめてやることで、彼女を護ってきたつもりである。(それがかえって裏目に出ていることを、ユノーは知らない。)
ところで最近七歳の誕生日を迎えた二階堂要に、人生初の友達が出来た。名前は花京院典明。彼は二階堂にとってのユノーのような、それに似たものを持っている。けれど彼のそれにはユノーほどの自我はなく、常に花京院に従順で、ユノーはそれが気に入らない。けれどユノーは花京院のことはなかなか気に入っているので、まあよしとしようと思っていた。
二階堂とユノーは今日も今日とて、花京院の家に遊びに来ている。今日は"学校"というものが無いらしい。いつもならゲームセンターにいる時間だろうか、とユノーは思った。最近二階堂はゲームセンターに通う代わりに、ずいぶんな頻度で花京院の家に遊びに来ていると思う。
ユノーは二階堂と同じように、ゲームをしたり観たりするのが好きだったから、ゲームさえあればどこだって構わない。だからゲームセンターが一番好きだけれど、なかなかに種類が豊富な花京院のカセットのラインナップも悪くない。これだから金持ちの一人っ子は……と最初の方に二階堂が半ば呆れたように呟いていたのをユノーは覚えていた。
二階堂とゲームで遊ぶのがいっとう好きだが、花京院と遊ぶのも嫌いじゃなかったし、飲み込みの良い彼にテクニックを教えるのはなかなかに好きだった。

「要が一番得意なのは格ゲー?」
「うん、格ゲー。その次がシューティングで、レースかな」
「だろうね、でもユノーは違うみたいだ」
「…そうなのか?」
「この前、ほら、ぼくと要がリビングで宿題やってただろ?そのとき、ユノーがぼくの部屋で一匹で勝手に落ちゲーやってたんだ。すごい腕前だったよ」
「へえ」
「きっとぼくらでも敵わないんじゃないかな」

花京院はなかなかにユノーのことを理解していると思う。ユノーは小さく鼻を鳴らした(実際には鼻などないので、そんな素振りに留まった)。
花京院の言う通り、ユノーの一番得意なものは落ちゲーだ。中でもテトリスでは二階堂にも負けるつもりはない。もっとも、(この時代の)テトリスには対戦モードがないから、スコアでしか比べることは出来ないのだけれど。
二階堂はおやつに出された季節外れのサクランボを頬張りながら、興味深そうにどこか誇らしげなユノーを見つめている。花京院は口の中にサクランボを残したまま、それを転がしているようだった。それに気づいて、二階堂は怪訝な顔をする。

「花京院、その食べ方、外や人前でやるなよ」
「え…だって、めずらしいのに。もったいないじゃないか」
「そういう問題じゃないだろ」

小さくため息をつきながらサクランボの種を吐き出した。

「私の分の残りはやるから、普通にゆっくり味わって食べたらいい」

粒が二つ残った皿を花京院の前に押しやってから、二階堂はユノーに手を伸ばした。ユノーはそれをすり抜けて、花京院のもとに落ち着く。

「……私以上に懐いてないか」
「最近、ぼくもユノーがかわいく感じられてきたよ」
「ふうん」

慣れってこわいよな、と呟いた二階堂の頭を、ユノーの尾がばしりと叩いた。
二階堂がひどい分からず屋であることが、ユノーが唯一二階堂要を気に入らないと思うことだ。



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