10000! | ナノ

今日も来るだろうか。二階堂は読みかけの文庫本のページを開きながら、ぼんやりと思う。昨日は屋上の給水タンクの裏、上級生も入らない、柵の裏側。誰かが放置した椅子が一台あって、それに腰掛けて本を読んでいた。一昨日は校庭の木の上、樹齢何年だか知らないが、結構立派な桜の木があって、けっこう高いところまで登って本を読んでいた。気温が低く曇った日だったから、いつもは騒がしい子どももその日はまばらだったから一人でいられると思った。その前は、フェンスを飛び越えて秋の陽で乾いたプールサイドに居た。夏が過ぎて用済みになったプールなんて、誰も近寄ろうとしない。防災用に張られた水はもう藻で濁ってすっかり緑色になっていたが、きらきらと光を反射しているのが綺麗だったから、それを眺めていた。どれも、誰にも見つからないだろう、二階堂が智恵を振り絞って隠れた場所だったというのに見つかった。花京院はここのところ毎日、二階堂のプライベートスペースに入り込んでくる。にこにこと笑って、二階堂はそれを苦手だと思っているけれど、イマイチ何かを言い返そうにも毒気を抜かれて何も出来ない。一向に無視しているというのに、花京院は二階堂を見つけた時にはまるで宝物でもみつけたような笑顔でいて、しかも毎日毎日、二階堂の隣でああでもないこうでもないと話しかけてくるものだから、二階堂は拒むにも方法を見失っていた。
だから今日はいっそ、学校の敷地内から少しだけ飛び出してみることにした。
二階堂は校庭のフェンスの隅に空けられた穴を見つけて、それをくぐり抜ける。狐が面白そうだと思ったのか、二階堂の後ろをついてきた。1メートルもないであろう幅のコンクリートの段の上を、多少おっかなびっくり歩く。ここから落ちたら、いくら二階堂の体が多少丈夫だからといって無傷でいられる保障はどこにもない。狐に突き落とされやしないかと半ば不安にかられながら、学校の校庭と大通りを繋ぐ歩道橋の脚までやってきた。そこには子どもが二人くらい座れるであろう余裕があって、ちょうど校舎の方からは死角になるだろう場所であった。しめた、と二階堂は思って、さっそく腰掛けて本を開く。
文字を追っているうちに、だんだんぽかぽかとした日差しに眠気を覚えて、うつらうつらし始めた時のことだった。

「今日はここにいたんだね」

その声に、二階堂ははっと現実に引き戻される。まさかと思って見上げると、いつものきらきらした笑顔を向けられた。若干、眉間にシワを寄せて、二階堂は本に手を伸ばす。花京院が隣に腰掛けてきたので、
図々しい奴だと思いながら読みかけだったページを開いた。

「あそこから校庭の外に出られたなんて、知らなかったな」

私だって知らなかったさ。喉まで出かかった言葉を、慌てて押し込む。ならばどうしてわかったんだ、と恨みがましい思いを抱きながら、二階堂は本に集中することにした。狐が二階堂の影から飛び出して、花京院に飛びつく。どういうわけか狐は彼に対してイタズラをしかけるそぶりを見せなかった。仕掛けたとしても、他人に対するそれとは大きく違って微笑ましいものが大半である。二階堂はそれがどこか気に食わなかった。

「…!」

ちらりと様子を伺うと、どういうわけか花京院が狐を抱きしめていた。二階堂はどういうわけか感じた胸の苦しさに、眉をひそめる。じわじわと温かいそれが、どうにも苦手だと思った。けれど、息苦しいわけでも、気持ちが悪いというわけでもない。むしろその逆で、二階堂は小さく首を傾げる。まさか、な。二階堂は首を振って、何も考えないことにした。狐がおかしそうににやりとそんな二階堂をみつめていたのを、彼女は知る由もない。

(ほんとはうれしいくせに)





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