10000! | ナノ

花京院の最近のマイブームは、"宝探し"だ。
ターゲットはその日によって場所を変える、それも誰にも見つからないような場所に、ひっそりと息をひそめるようにしていることが多い。一日二回、二限目と三限目の間の休み時間、そしてお昼ご飯の後の休み時間。チャイムが鳴ったその時に花京院は移動を開始するが、ターゲットはどこにいるかはわからない。ふつう、ターゲットも同じように移動を開始するはずだけれど、どういうわけか気づいた時にはどこかで本を読んでいる。昨日は屋上の給水タンクの裏、一昨日は校庭の木の上、その前はどうやって入ったのか、秋の陽で乾いたプールサイドに立っているのを見つけた。今日はさてどこだろうかと花京院は首を傾げる。
ターゲットの名前は、二階堂要という。彼女は隣の隣のクラスの女の子で、黒く癖の無い長い髪に大きな目、紅くなったアメリカンチェリーのような色をした瞳を持っていて、肌の色も白い。まるで絵画の中から抜け出て来たみたいに、美しいという形容詞が似合う少女だ。笑ったらもっとかわいいだろうな、と思うけれど、彼女が表情を変えることはめったにない。
少なくとも、花京院が観察していた機関と、彼女に話しかけてから一週間、まるで石膏で出来た彫刻のように、ほとんど表情筋を動かしたことは無かったよ思う。めったに喋らないから、よけいにそう思う。
彼女はかくれんぼの天才なのだろうと花京院はふんでいた。でなければ、花京院以外のだれにも見つけられないところに潜めるわけがない。

「どこへ行ったんだろう。あの狐さえ見えれば、教えてくれるからすぐ分かるんだけど、今日は影も形もないな」

花京院は独り言というよりも、誰かに語りかけるように呟いた。靴を履き替えて、校舎の外に出る。ぽかぽかと秋の日差しは心地よかった。
花京院の得意なことのひとつ、それは探し物だ。彼は隠れているものを探すのが大の得意で、今までに一度だってものを失くしたことがない。花京院はそれをちょっとした自慢として胸に留めてある。彼には特技があった。誰にだって簡単にできるものじゃない、彼にだけできるとっておきの秘密の技である。
花京院は両手を前に差し出した。するするとメジャーが巻きもどるようにして、彼の目の前に現れた"何か"。彼はこの緑色の人形のようなものを操るのが大の得意であった。そしてこの人形のようなものは、繊維状になって、いろんなところに潜むことができる。彼はこれを使って探し物をしていた。だいたい校舎の中、外、校庭いっぱいくらいまでの範囲では、彼は迷子になることも失せ物をすることもない。そして、探し物をすることもわけなかった。
花京院は校庭のフェンスの穴をくぐって、道路と学校とをつなぐ歩道橋の淵まで、少し高いコンクリートの段の上をまっすぐ歩いた。ちょうど子どもが二人ほど入れそうなスペースにたどり着く。そこで、温かい陽の光の下でひなたぼっこをするようにして座ってうとうとしていた宝物を見つけた。彼女は無表情なまま花京院を一瞥して、そして小さく頬をふくらませる。昼寝の邪魔をされたのが気に障ったのだろうかと思ったけれど、花京院は今日も二階堂を見つけられたことがうれしくて、にっこりと笑った。

「今日はここにいたんだね」
「……」

花京院に返事をするでもなく、二階堂はそっぽを向いたまま、隣に置いてあった文庫本を手に取った。きっとこれを絵の上手い人が写生したら『本を読む少女』なんてタイトルで美術館に飾られるかもしれない。そんなことを思いながら、花京院は彼女の隣に腰を下ろす。

「あそこから校庭の外に出られたなんて、知らなかったな」

二階堂は答えない。けれど代わりに彼女の影からにょきっと生えて来た狐が、花京院にじゃれつくように体当たりしてきた。ぽかぽかとあたたかい日差しを浴びながら、しばらくの間花京院は本を読む二階堂の隣で、狐とじゃれあって遊んでいた。しまいにはぎゅうと狐を抱きしめてみる。花京院の家にあるテディベアよりもずっと抱き心地も触り心地も悪いけれど、あたたかい何かが胸のあたりに広がるような気がした。
花京院は、彼女の隣で過ごす時間が好きだった。



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