遺物 | ナノ

青い鳥なんか日本に行けば獲って食えるほどたくさんいて、別に獲って食ったところで幸せにはなれないと知ったのはいつのことだったろう。
君はいつまでも白昼夢に溺れたお姫様でいればいい。俺はいつも君を目覚めのキスでこの世に呼び起こすけど、今日みたいな日は、起こされたって、暖かい布団から足をだすのも億劫だろう。
冬という生き物は毎年俺を困らせるように、君は毎朝、低血圧に困らせられているんだろうからね。

「こころはいつだってひとつよ」

君はいつだってそう囁くけれど、俺にはどうもしっくりこない。
日曜の昼はやけに眠くて、起き抜けのまま、寝癖を撫で付けようともせずに、俺は大きなあくびをひとつ。酸素はいつもこうして、無理やりにでも俺を生かそうとする。
人間の体は脆くて弱い。脆弱故に、俺を無理にでも生かそうとする酸素に殺されてしまうんだと、昔といえども俺にとってはわりと最近の科学者が発表していた。
酸素は君の体をも蝕んで、いつか動かなくさせてしまう恐ろしい魔物だ。
この世界の隅から隅までの酸素を総て圧縮して一つの瓶に詰め込んで、世界の向こうへ追いやってしまえたらと思うんだけど、人間は禁断の赤い果実を口にした時からもう魔物の虜になっていて、酸素なしには生きられないんだってさ。

ダウンタウンの空気は淀んで、排ガスでこの街の空は汚れてしまった。
昔から多くは変わってしまった。俺も何時の間に、こんなに歳をとったのだろう。

「こたえは、ひとつとはかぎらない」

結局、今朝のモーニングコーヒーを飲み干すことはなくって、うらぶれたマグカップはキッチンの隅に追いやられていた。

「アルフレッド・F・ジョーンズ」

起こしてくれって言ったじゃない。君はむくれたように言って、眉をひそめた。
まぎれもない俺の名前を君が呼ぶ。
長く呼ばれてきた名前だけど、きっと、これからも君が呼ぶからには、俺はこの名前にしっくりこないでいられる。
しっくり来ない間は、俺は国なんかじゃあなくって、一人の脆弱な人間でいられるような、そんな錯覚を抱いていられる。
おはようのキスで俺たちの日曜ははじまる。

エアコンでよく温まったリビングで、ブランチを食べよう。




(ジャパニーズは儚いことをワサビだとかいって好むけど、君はヤマトナデシコだから、儚さのカケラもない俺をいつか嫌うのだろうか。)



120203




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