小咄 | ナノ


「おはよう」

花京院が言った。私はどうやら目覚めたらしい、苗字はそう思って、目をぱちくりさせる。
そしてその声を振り返って小さくため息をついた。なんだ、また。

「何がおはよう、なの」

これは夢じゃないか。私はまた、小さくため息をつく。花京院は小さく笑った。その腹に、身に余るほどの大きな穴をあけて。その痕をつう、となぞってみる。まるで料理をする前の肉に、すこしごつごつした感触。鮮魚の血合いより赤黒いその穴は、酷くあたたかい。時々白い骨が飛び出している。異様に白くて、その上には所々こべり付くようにして細切れた肉がこべりついていた。たまらなく気持ちが悪いと思って、私はその死因の観察をやめることにした。つぷりと音をたてて指が刺さる。

「こうして君は死んだのね」

何度目かもわからない言葉を呟く。彼はそうじゃないよ、この後に、全身打撲に苛まれたんだ。といつものように返して笑った。どうして笑うのか、わからない。嬉しいの?ときけば、不思議そうな顔をした。

「嬉しい?」
「だって、君が笑うじゃない」
「ああ、それはまた別」
「じゃあ、どうして」

ぼくにもわからないや。
じゃあ最初から笑わないで。喉につかえたその言葉が、口から飛び出すことはなかった。
笑ってほしくないわけじゃない。悲しい顔をされた方が、もっと嫌だ。

「夢枕に立つのはやめてよ」
「僕にいわれても、君が見る夢なんだから」
「私を泣かせたいのね」
「君が泣いていても僕は君のことがすきだよ」
「やめてよ、あなた、死んでるのよ」
「死んでる僕は嫌い?」
「死んでても好き、だけど」
「だけど?」



「あなたはもうこのよにはいない」

そうして目覚めたわたしは思うのです。いつまでも忘れられずにいる意味を、もう触れることのできないその深い緑色の学生服と温かい肌を、柔らかい、べにいろの髪を思い出しながら考えるのです。
エジプトの星は大層うつくしいことでしょうから、彼がその天に昇るまでの間、たった一秒でも一瞬でもいい、それを見守ってくれたのなら、きっとその星々に照らされて、彼はきっと幸せだったんじゃあないかしら、と。



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