小咄 | ナノ

ここ最近の暖かさを巻き戻したかのような寒い日だった。

「今日はここにいたんだね」

花京院は花が咲くようなと形容するに相応しい、やわらかい微笑みを浮かべる。苗字は彼から隠れるようにしているというのに、花京院はまるで最初から知っていたかのように迎えに来る。苗字はいつものように眉間にシワを寄せてなんとも言い難い表情を作る。ロダンの考える人が女性だったら、きっと今の彼女のような顔だろうなと花京院は思った。

「わかっていると思うけど、もうすぐお昼だよ。篭ってないでご飯を食べに行こう」
「……」

苗字は少しばかり頬を膨らしたまま、無言で頷いた。彼女は機嫌を損ねると微妙に頬を膨らませるという癖を持っている。花京院はそれを、子どもらしい、とか、ほらまた、とか、一切指摘したことはない。きっと気づいたら辞めてしまうだろうから。いつもそれを愛らしいと思って、頬を緩めるだけだった。

「今日は承太郎、さっさと帰っちゃったんだ。だから二人だよ」
「あいつも気儘だな」
「名前も大概だけどね」
「私はいいんだよ、もう大体なんだって出来る」

それより承太郎が不安でならないよ、あいつだって、進学するんだろう?大きく伸びをしながら、苗字はため息交じりに言う。まるで保護者だな、花京院はそう言って苦笑いした。

「名前は弁当?」
「うん、ホリィさんが作ってくれた」
「僕は買ってこなきゃ。屋上…は寒いしなぁ」
「ここでいいんじゃないか」
「本来部室棟は飲食禁止なんだけどな」
「いつから君は生徒会長になったんだ…」

口ではそういいつつ、花京院は既にガコガコと音を起てながら机をセッティングしていた苗字を手伝うことにする。計画的に授業をさぼる苗字、無計画に気分でさぼる、ましてや不良のレッテルを貼られている承太郎という二人の友人と比べれば、花京院は比較的真面目な生徒であるという評価を受けているが、なんだかんだ言って、自分も真面目な生徒とは言えないなと花京院は思っていた。日の光がよく差すこの場所からは、春の景色がよく見える。苗字はまぶしそうに目を細めていた。

「明日は半日だって」
「明後日は卒業式だそうだ」
「僕らももうすぐ三年生か……」

しみじみと花京院は言いながら、空気を入れ替えようと窓を開ける。そろそろ購買も混むだろうか、花京院はぼんやり思いながら、うすら寒い中に咲く梅の花を見つめていた。埃っぽく籠った空気が抜け、冷たい春の空気が肺を満たしていった。苗字は一人分というには大袈裟な重箱を開きながら、「しまった、承太郎の分まであったんだ」と眉間に皺を寄せた。

「典明、昼買ってないって言ってたよな」
「うん」
「承太郎の分がある、喜べホリィさんの手作りだ。…あと寒いから閉めろ」
「ここ埃っぽいじゃないか」
「もう換気は出来てる」

まぁたしかに、幾分かマシになっただろう。花京院は寒がりな苗字のために、窓を占める。
机に広がる豪勢な食卓に、花京院は心の中で承太郎に感謝を述べた。早くも卵焼きに箸をつける苗字に倣って、花京院は小さくいただきます、と手を合わせた。
一口サイズの唐揚げをつまみながら、何気なく花京院は口を開く。

「名前、プレゼントがあるんだけど」
「……今日は何かあったか?」
「ホワイトデーだよ」
「ああ…」

苗字は思い出したように微妙な返事をした。しかし彼女には一月前に、花京院に何か渡したような覚えはない。変わりに薔薇の花を貰った覚えはあった。英国式に倣ったのだと言っていたから、ホワイトデーには何かプレゼントしなければと苗字はぼんやり思ったのを憶えている。確かピアスを買った。三日ほど前に。鞄の中にあったはずだ。
しかしどうしてこいつが私にホワイトデーなんだと苗字は眉をひそめる。

「私からじゃないのか」
「だって君はそういうタチじゃないだろ?」
「……否定はしないが、君も大概失礼なやつだな」
「バレンタインデー、受け取ってくれてありがとうって、そのつもりなんだけど」
「なんて献身的なんだ君ってやつは」

苗字は信じられないといった顔で花京院を見た。花京院はそんな苗字の表情に我関せずといった動作でポケットから何かを取り出し、その白く薄い手に握らせて、にっこりと微笑む。
掌を開いた苗字はたちまち顔が熱くなって、ユノーを使ってバックの中から一瞬で取り出した包みを花京院に叩きつけた。

「私が貰いっぱなしだなんてえげつない真似、すると思うなよ!」

花京院は少々乱暴な方法で受け取った包みに、驚いたように目を見開いた。耳まで赤くなってそっぽを向いている苗字がとてつもなくかわいらしく思って、くすくすと笑いがこぼれる。

「なにがおかしい」
「だって名前がこんなにも可愛いらしいから」

その言葉は華麗にスルーしたつもりで、苗字は赤くなった耳をユノーで隠して、ミニトマトを摘む。
奥歯で噛み潰して、口の中に甘酸っぱい果汁が広がった。

「……どうしてここがわかったんだ」

ふてくされたような顔で、そういえば、と思い出したように苗字が呟く。下手な話題転換の切り口だったが、十年前から疑問に思っていたことだった。

「ぼくにはハイエロファントグリーンっていうスタンドが居てね」
「……!」

めずらしく驚いたような間抜けた表情をしている苗字に、花京院は吹き出さずにはいられなかった。

「まさか今まで気づいてなかったとは…!」
「うるさい!」

彼女の右手薬指には、新しい指輪が光っていた。



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