小咄 | ナノ

ゴンゴン、と、ノックをするかのようなリズムでダストシュートを叩かれて、中で踞るようにしてじっとしていたエンポリオはぱちりと目を瞬く。やがてその口から覗き込まれては、目が合って、目を細めると弾けんばかりの笑顔になった。一方で看守は気難しそうに顔をしかめたままで、けれどエンポリオは知っている。そこまで機嫌が悪いわけではない。彼は虚勢を張るのが癖になっていて、本当はそんなつもりじゃあないということを。

「…こんな時間に何をしてるんだ」
「ねえ、今日はもう勤務終了時刻?」

噛み合ない応答に、名前は小さく肩をすくめた。エンポリオはダストシュートの幽霊をポケットの中にしまい込みんでから(名前はその様子を見る度に、ジャパニーズ・アニメのアオダヌキを連想するのであった)、自分のマグを片手にロッカールームへ向かう看守の後ろについて歩く。決して待ってはくれない、けれど、十一歳になったばかりのエンポリオよりもずっと大きな歩幅を最大限に活用したりは決してしない。ダストシュートの中に聞こえた足音のリズムよりも、ずいぶんのんびりと歩いてくれるから、エンポリオは名前のことが好きだった。

「君みたいな子供は、早く寝るべきだといつも言ってるだろう」

ロッカーを開きながら、看守は口先だけの小言を漏らす。制服のボタンを外す傍で、もちろん聞く耳など持たないエンポリオは身を乗り出して歓声を上げた。「ワオ、チョコレートだ!しかも、ゴディバのやつ!」目ざといな、と思って、看守は眉間にしわを寄せたものの、彼の無邪気な笑顔を頭ごなしに無碍にすることも出来なくて、渋々キッチリと包装された深い色の包みを野球帽の上に落とした。ここのところこうして、カシューナッツだとか、カップケーキだとかをさらっていくのが、エンポリオの習慣になっていた。

「……今から食うんじゃあないぞ、あと、食事の前にも」
「わかってるよ、今から食べていいのは幽霊のチョコレートか、同じく幽霊のオレンジジュースだけ…」
「ところで歯は?」
「磨いた」
「この前借りてきてやった本は?」
「もうとっくに読んじゃったよ、あと、もう図書室に返してある」

よし、と頷いてから、名前はロッカーの奥に手を伸ばす。実はこの日に限って、ゴディバはフェイクだったと言っても過言ではなかった。彼が取り出したのはこれまた綺麗に包装された、プレゼントボックスで。光沢のあるブルーの包装紙には、エンポリオでも知っているような大手玩具店のロゴがプリントされている。手渡されたそれはずしりと重かった。

「エッ!?なにコレ、どういう風の吹きまわし!?」
「……バースデープレゼントなんて、久しくもらって無いんだろう、どうせ…。だから、そのつもりでいい。他にちょうどいい理由もないし。この前本土に用事があった時、買ってきたんだ。カタログ眺めて、欲しそうにしてたゲーム、あっただろ」

十一歳になったばっかりだって言ってたから。看守は早口に言ったが、そんなことはもうエンポリオにはどうでもよくなっていた。彼は思わず飛び上がりたい衝動を必死で抑えて、それでもこみ上げる歓声を抑えきれなくて、両手で口を覆っては全身で喜びを表現する。柄にもないと思ったのだろうか、名前はマグをロッカーの中に半ば放り込むように収納しては、少し雑にロッカーを閉じる。何度も何度もエンポリオが繰り返し礼を述べるのを背に、首筋を掻きながら、さっさと自室へ帰ってしまった。



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