小咄 | ナノ


知っていても、理解していないことがある。
別段珍しいことでもない、誰もが普段酷使している電子機器の構造を理解できないのと似たようなことだ。ほんのちょっぴりの上っ面だけを見て裏側を解さない、軽薄な人間関係だとかにも似ているかもしれない。地面に染み入る赤と泥の混じった水滴もまもなく乾いてしまって、母なる大地と同化してしまってからも久しい。時の流れに身を委ねて、私たちはこんなに大人になってしまった。引きずっているわけでもない、嘆きの淵に身をおくことに意味などないのだと悟ってからも久しい。これが僕たちの運命だったんだ、と、囁いたあの少年はこの日あの場所で腹を貫かれて死んだッて、「ただそれだけの話なのよ」承太郎が目深に帽子を被り直した。いつもの口癖はきっと心の中に仕舞われてしまったのだろう、この男の星の元に、私たちは出会ったのだ。彼の言った通り、それが運命だった。それが、きっと、最善だった。彼はよき友であり、よき理解者であった。そして幼心に、私は、彼のことが好きだった。青臭くていびつな私の青春は、あのたった50日間の旅にあった。
砂と血にまみれた日だった、誰もが傷ついた日だった。死はあの日、私の一部になった。我々が失ったものはこの地球に匹敵するほど惜しいものだったとジョセフ・ジョースターが言ったように、この世界よりもはるかに尊いものであったのかもしれない。悔いることなど、もう、十分すぎるほど繰り返した。繰り返したってどうにもならないから、目を背けて生きて来た。けれどこうして、立ち止まることだって必要だと心の中に住み着いた死が囁く。

(君たちは僕を忘れては生きて行けない)

否、一つになってしまえればどんなによかったことだろう。死が私を解放してくれるなんてことは永遠にないのだ。死と一つになってしまえばそこまでだと知っている自分が憎い。時間をかけてじっくり、理解させられることが恐ろしかった。けれど花京院は死んだのだ、囁く虚像は死にほかならない。私は生きている。ゆっくり死んでいくこと、それが彼を失った自分への枷なのだと悲劇のヒロインを気どって満足などしたくない。そうして、私は死に物狂いで生きて、このラッシュライフの、歩みを止めたくなかった。

「けれどね、どうしたらいいのか、私にはわからないんだよ承太郎」

自分のことを好きだと云ってくれたひとを失くした、ただそれだけ、たったそれだけの話なのに。

「幸せになっちゃあいけねえとは、誰も言ってねえぜ」

幸せとはなんだったのだろう、幸せとはなんなんだろう。
見てみぬふりをしながら隣り合わせにしてきたあの『死』とかいうかいぶつは、今日も私の隣で優しく語りかけるのだ。

(君は君であればいい。僕を忘れないで、ただそれだけ、簡単なことだよ)

それじゃあ何の解決にもなっていないじゃあないか。それに。

「忘れたいわけじゃあないよ、忘れなくちゃあならないことでもない」

承太郎は短く「そうか」と言って、そしてポケットからジッポを取り出した。私が泣いているとでも思っていたのか、乾いている頬をひと撫でしてから、ポケットのタバコの箱を投げて寄越す。燻る煙は過ぎた時間と人生の中にほどけて、煮え切らないドロドロと重苦しい心を焦がした。今日くらいは、ナーバスになったっていい。大丈夫、明日からはまた、いつものように笑うことだってできる。
たった一年の六分の一にも満たない。それでも永くて、やはり短い旅だった。迸るように、燃え上がるように、私たちの青春は輝き、そしてそれはどこか半端なカタチで幕を引いたのである。青春を置き去りにして、けれどそれは、たしかに、私の中で永遠のものになった。
私はそれを、たとえ世界が終わるその時すら愛おしんで死んでいくのだろう。




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