ソロモンの守人 | ナノ

夢を見ていた。
ここはわたしのいるところよりもうんと静かなところだったから、これが夢だとすぐにわかった。
まるで何からも隔離されたみたいな場所で、けれどとてつもなく広いから、かつてのわたしの世界の方こそ、そう形容されるべきだったのかもしれない。
時間が止まったみたいに、何一つ変化を見せず、わたしが知っている間は、少なくとも、もう十年くらいは、姿を変えずに、まったく同じ装いをしている。
わたしはまるで、故郷に帰ってきたかのような心地がして、勝手に懐かしい、だなんて、笑ってみた。そして、皮肉もなくすっかり笑えてしまっている自分に、少し驚く。どんな心境の変化だっていうんだ。
相変わらず、とても静かで、自分の息をする音ばかりが耳につく。
けれどまた、どうしてここにいるんだろう。今までのセオリーから考えると、わたしはいつだって、死にそうになった時に、ここにやってきていたはずだった。
もしも、ついにわたしが死んでいるなら、わたしが寝首でもかかれたことになるが、そんなへまをするようなタチではない(と信じたい)。
そういえば、あの子どもはどうしただろう。

「また、来たね」
「わたしは、死んでいないよね?」

番人は笑った。

「大丈夫、君はちゃんと生きてるよ」
「そう、なら、どうしてここに来てしまったんだろう」
「きっと、その肌のせいだろう」

指さされた肩を見やる。赤く爛れて、所々水疱ができていた。見た目痛々しいことこの上ないが、実際にはヒリヒリと痛むくらい。しかしひどく熱を持っていることは否めなかった。

「これはただの日焼けなんだけど…確かに、痛々しいね」

わたしの皮膚はどうにも日差しに弱いらしい。一日太陽の下に晒されると、日が沈んだ後、こうして、まるでやけどでも負ったかのように熱をもって、爛れる。一晩経てばだいたい落ち着くけれど、わたしの肌はおかしなことに、またもとのこれでもかという程の白い色に戻ってしまって、それを繰り返すのだった。
陽のもとで暮らす人々の世話になりはじめてからそういうことはしばしばあって、日中は日よけを被って過ごさねばならないという決まりが出来てしまったように感じる。

「あんまり日中肌を出して歩くのは、君にはよくないのかもしれないね」
「そうみたいだね、いっそう気をつけるよ」
「まあ、今回はちょうどよかったかな。君に、訊いておきたいことがあったんだ」
「話?」

わたしの身体は簡単にすくい上げられて、彼の肩に載せられる。
ゆっくりと歩きながら、番人は口を開いた。

「君はいま、世界をどうみてる?」
「どう、って…?」
「君は、その世界が好きかい?」

一瞬、何をきかれているのかわからなかった上に、答えるのに戸惑った。

「一口に、答えられるものじゃあ、ないかなぁ」

曖昧に笑う。それほどまでに、わたしを取り巻いてきた世界は複雑で、いろんな色をしていたから。

「でもね、とても鮮やかな世界だと思うよ。前よりもずっと。ただ、前と今のわたしを取り巻く世界の差なのかもしれないけれど」

肌を突き刺す感覚は、ひどく鮮やかに感じられた。空気の味は、ひどく爽やかで、冷たい。森の香りは涼やかで、人の多い場所は、いろんな匂いと声が入り混じっていた。
それに初めて触れたとき、驚いて声も出なかったことは、記憶に新しい。

「この世界はとても惨酷で、醜いエゴの塊で出来ているものだろうと思っていたんだ」

電子機器もなく、文明は発達しきっていない。情報は、自分で歩かないと掴めないし、わたしが知る限りでは、車やビルのような高層建造物なんか一度も見なかった。世界中どこでも通用するようなハンターみたいな職業もない分、とても不便だ。
奴隷がいる国も多く、戦争は絶えずどこかで起きている。人と人が直接ぶつかり合う戦争。くだらない権力のもたらすパワーゲーム。

「けれどね、それを精一杯生きている人々がいた」

最初は、ひどく懐かしい光景を見ているような気分であった。
次第に鼻の奥が熱くなってきて、わけもなく、涙をこぼしたのをおぼえていた。
人は世界に翻弄されて生きているようにも、それに抗おうとしているようにも見えた。
ただそれが、もっと大きな世界の胎動となるように、志とエゴを抱えて生きている。
地に足つけて、歯を食いしばって、前を向いて歩いていく。

「それがどうにも、愛おしくて、しかたがない」

おかしいね、ずっと地下に閉じ込められていたわたしが、偉そうにそんなことを思っていたりすることも。巨人はにこにこと笑っていた。

「そうか、そんなにたくさんを知ったんだね」
「うん、いろんな人がいたよ。なんだかとてもじゃないけれど、普通の人間とは思えないような人もいた」

なんたって、オーラの、いや、この世界では、魔力と言うそうだけれど、その量が尋常じゃなかった。面白い人間だと思ったよ。
番人は時々相づちを打ちながら、興味深そうに聞いていた。
そのうち眠くなってきて、わたしはとぎれとぎれに話を紡ぐ。
そういえば、少年アラジンの姿が見えなかったなぁ、と思ったところで、視界はブラックアウトした。




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