ソロモンの守人 | ナノ

夢を見ていた。
さっきまで瞑想をしていたのに、わたしはうたた寝でもしてしまったのかと思って、それから、いや確かに瞑想はしていて、やっとコツを掴んで精孔を開いて、それから、ああなんだ、死にかけたのか。思い出した。纏をしそびれたのだ。なんだかずいぶん昔にやった時とは、まるで勝手が違ったから、焦った。
そういえば、ジジイも焦っていたような、そんな気がする。
わたし、死んだのか。そう思うと、やだなあ、と思う。やっと字も覚えたのに。
そういえば、以前ここに来た際に持っていってしまった本は忘れてきた。
ジジイが取り上げてしまったのだ。けれど、おかげで文字を習えた。本の内容はまだ教えてくれない、きっと大事なことが書いてあったんだ。ジジイはああみえて賢い。そういえば、ジジイはなんであんな暗くて狭いところにいるんだろう。
せっかくだから、本を探そう。今度は、少しは読める筈だから。
番人に見つかったら面倒だ。もし本を無くしてしまったことがばれたら、きっと潰されてしまうだろう。
そう思って、前と同じ様に、横穴に入る。今回は少し、階段を下った。
最後のさいごに踏み外して、5段ほどの高さから転がり落ちる。尻餅をついて、とても痛かった。
あたたかい部屋に出た。前と、勝手が違う。ここはとても広い場所なのだとあらためて思う。
そして、困ったことに、本が一冊も無い。せっかく、何か読めると思ったのに。
わたしは、あまりにもここのことも、あっちのことも知らないでいる。
もうひとつ穴をくぐり抜けたところで、また広い場所に出た。けれどここはなんだかほの暗くて、少し、柔らかい。足下を砂が伝う。なんだ、そのせいか。
絨毯が敷かれていて、その上で眠っている、小さな赤ん坊。

「子ども…?」

初めて見た。ここにも、人が住んでいたのか。母親はどこだろう。ほかにも人はいるのだろうか。
赤ん坊はすやすやと眠っている。目を覚ます気配はない。やわらかそうな頬に手を伸ばす。

「あっ」

ひどく久しぶりな声が後ろから聞こえて、とびあがった。

「君に死なれたら困るよ!」

振り返ると、番人は驚いた顔でそういった。そんなことを言われても困る。

「わたしだって、べつに死にたい訳じゃないよ」

ただちょっとした、事故だったんだ。頬を膨らませる。不可抗力だったんだから、仕方ないじゃないか。番人はやれやれとため息をついて、眉尻を下げた。
前に持ち出してしまった本については咎められることはなかった、どうやら気づいてないらしい。

「ずいぶんと小さくなったね」
「これでもずいぶん経ったんだけど」
「そうか、赤ん坊がここまで育つくらい、向こうでは経ってるのか…」

番人が長い指をこちらによこしたので、わたしは押しつぶされてはいけないと思って身を竦める。
大きな手は簡単にわたしを掬い上げて、高く高く持ち上げられた。
落とされやしないかと思ったけれど、巨人の肩は意外に安定している。長い髪の毛に掴まると、引っ張らないでくれといわれた。だったら持ち上げないでほしい。

「前に来たときには、本がたくさんあったと思うんだけど」
「それはもう少し先かな。このあたりにはないんだ」
「わたしにも読める本はある?」
「もう字が読めるのか?」

少し感心したような声だった。

「うん」

返事をして、それから、頭の片隅に、あの嗄れた声が聞こえた気がした。

「教えてくれる人が、いるんだ。……ちょっと、気難しいひとなんだけどね」
「そっか」

番人はなぜか少し、嬉しそうだった。

「わたしは死んだのかな」
「大丈夫、ちゃんと生きている。だから今日はもう、そろそろ帰った方がいい」
「……」
「ここが気に入ったの?」
「……夢の中は、自由だから」

少なくとも、じめじめした、暗くて狭い、あの部屋よりはずっとましだ。
そう思って、それから、それでもあの部屋にいるジジイを思い出して、そうか、彼はここには来られないのか。

「帰りたくなった?」
「……また、ここに来れるかなぁ」

あまり来ないほうが、俺は安心なんだけどなぁ。番人はつぶやいた。わたしは大きな肩の上で、だんだん眠くなってきて、ああ、そろそろ、もう。

「きっとね」

番人は困ったように笑っていた。ちょうどわたしの瞼がくっついたころ、ふと思い出したように言う。

「くれぐれも、気をつけて。君は……俺の大事な、ソロモンの守人なんだから」

それはいったいなんなのか、まどろみの中で、訊こうと思っていたのを、思い出した。



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