ソロモンの守人 | ナノ

翌日、ライラが起床した頃には、既にジブライルは初めて出会った時と同様の暑苦しい格好で、昨晩同様に煙草を吹かしていた。

「アンタ、寝たのかよ」
「見張りが寝ては、用心棒は勤まらないだろう」

口角を上げて答える。「そろそろ道を決める集まりがあるらしい、朝食をとったら荷物をまとめよう」名残惜しそうに煙草を捩じ消してから、「アラジンがすまなかったな」と一言だけ言い残して、ジブライルはテントの中へ消えていった。昨日の顛末も聞こえていたのだろう。彼女はアラジンの奇行を咎めることはあれども、未然に防ごうとしたことはなかった。意外と放任主義なのかもしれない、とライラは思ったが、いかんせんジブライル自身もアラジンとあってまだ二日も経っていないせいである。

「ジブライルさんははやおきだねえ」

アラジンは欠伸をかみ殺しながら言う。彼の長い髪を編みながら、ジブライルは苦笑いした。

「守人が主人を差し置いて、寝ているわけにはいかないからね」
「守人って、なんなんだい?君はいったい…」
「きっともうすぐわかるさ。私からは、何も言えない」
「……ウーゴくんとおなじことを言うんだね」

すこしふてくされたような声でアラジンが言う。足をぱたぱたと振って抗議の色を示したものだから、ジブライルは口の端から笑い声を零した。「今のあなたは、あらゆることを、まずは自分でみつけなければならない」髪を梳きながら投げかけられたその言葉は、とてもやさしいものだった。

「お腹はすいたかい?」
「うん、とっても」
「隊商のひとが準備していたから、荷物を纏めてから、行こうか」

隣で寝息を起てるサアサを起こさないようにそっと立ち上がって、アラジンはターバンを被る。お腹がくう、と情けない音を立てた。
朝食は隊商の連れているらくだの乳を絞ったもので作ったのだろう、暖かく食欲を誘う乳粥と、それから青パパイヤを細かく切ったものの炒め物であった。朝から豪勢な食卓だと思ったが、アラジンにしてみれば全てが物珍しいのか、不思議そうな表情で、粥が自分に渡された皿によそわれるのを眺めていた。

「美味しいかい?」
「うーん、初めて食べる味だけれど、きっとこれも"おいしいもの"なんだね」

僕はそう思うよ。目を細めて、嬉しそうに匙を進める。その頭を撫でて、ジブライルは深く頷いた。

「えり好みをせず、なんでもよく噛んでよく食べる、アラジンくらいの歳で、一番大切なことのひとつだ」
「ジブライルさんは、これは好きなのかい?」
「"食べられること"に、感謝しているよ」

やがてこれからの進路を決める会議が始まった。アラジンの分とあわせて二人分の食器をまとめて、食器を片付けているおかみさんのところへ持っていく。旅路が決まり次第、すぐに出発するつもりなのだろう。あらかた片付いていた積み荷も、あとはこの食器と周辺の調理器具くらいになっていた。それらを纏めてしまうのを手伝ったところで、背後から何やら言い争うような声が聞こえた。路を決めるだけでそんなに口論になるようなことがあっただろうか、アラジンに危害がなければいいが。歩みを早めた所で、昨日今日では見かけていない男が二人、ライラの背後に立っている。彼女は顔を青くして、どうやら、おだやかな雰囲気ではない。

「…?誰だい?このモジャモジャのおじさんた…」

指を指したアラジンの口をそっと塞ぐ。「盗賊か」目のあった青年に小さな声で呟くようにして訊ねると、彼は目で頷いたものの、しかし彼にもどういう状況なのか掴めていないのだろう。困惑したような表情で、つまりあの盗賊達がここに日常的に顔を出している、というわけではなさそうだった。「どういうことだ…?」誰かが言った。
無言で抵抗するライラに強引に肩を組んだ小太りの男は愉快でたまらない、という顔をして、ライラの頭を小突いた。「こいつも盗賊なんだよ!」その言葉に、あたりがざわめく。

「ちょっと前まで、うちの盗賊団の下っ端だったのさ。行き倒れたふりをして隊商にもぐり込み、道案内のふりをして盗賊団のアジトへ先導する……」

行き倒れたところを、隊商に拾ってもらった。ライラの言葉がジブライルの脳裏によみがえる。あたりのざわめきが静まりかえった所で、アラジンはジブライルの横顔を伺った。彼女はアラジンの肩に手を置いたまま、ライラをじっと見つめているようだった。

「…………違うんだよ……確かに、昔は悪さをしたよ……けど『友だち』ができて変わったんだよ…もう、演技じゃないんだよ…嘘つかずに生きようって、決めたんだよ…」

震える声で、ライラは言葉を紡ぐ。しかしその時既に、彼女の言葉を真に受ける者は既にいない。サアサの肩を抱いて、隊商長の口からは無慈悲な言葉が放たれた。

「二度と我々に近づくな」

鉛よりも重く鋭く、その言葉は、ライラの胸に深く突き刺さる。
膝から崩れ落ちた彼女は、一行の姿がすっかりみえなくなってしまっても、ぴくりとも動かなかった。




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